The Midnight Seminar

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複式簿記の「複」の意味合い

「複」の意味は意外と忘れられている

企業で働いていると、損益計算書(PL)と貸借対照表(BS)とキャッシュフロー計算書(CF)の関係などは大雑把に理解できるようになるものだが、「現代の企業会計は複式簿記なんですよ」と言われた時に、なんでそんなネーミングになっているかを説明しろと言われると、意外とできない人が多いのではないだろうか。「仕訳」について日々考えざるを得ない経理部の人たちは分かっているとは思うのだが、それ以外の部署で売上を入力したり出費を入力したりしている人たちは、仕訳を意識することも少ない。


貸借対照表の右と左が対応していることを「複式」と呼んでいるわけではないし、貸借対照表と損益計算書がつながっていることを「複式」と呼んでいるわけでもない。後述するように、取引を「借方」「貸方」に分けて記録するのが複式簿記ではあるが、これは貸借対照表の左右を「借方」「貸方」と呼んでいるのとは(無関係ではないものの)別の概念だからややこしい。そもそも、決算書を眺めて「複式」の意味を思い出すのは難しいと言うべきだろう。複式の「複」の意味は、決算書そのものにはあまり表れていないからだ。


むしろ、複式なのは1件1件の取引の記録方法のほうであって、それを集計した「結果」として出来上がるのが決算書である*1。結論から言えば、複式簿記というのは、資産を買ったり商品を仕入れたり売上を回収したりという様々な取引の1つ1つを、必ずそれぞれ2つの項目に分解して記録するから「複式」と呼ばれる。で、複式の記録方法にすると何が嬉しいかというと、フローの管理とストックの管理を並行して整合的に行うことができるのが嬉しい。つまり、その二重化された記録を集計することで、フローの決算である損益計算書とストックの決算である貸借対照表が、自動でうまい具合に(不整合なく)出来上がるわけである。実務的にはそんな簡単でもなく、不整合がしょっちゅう発生しているがw


ちなみに、今回のエントリで書いておきたかったことはここまでなのだが、注意すべきことがあって、それは「複」が意味する「2つ」というのは、「増える」と「減る」の2つでもなければ、「フロー」と「ストック」の2つでもないということである。しかも、バランスシートの右と左を意味する「貸方」「借方」とはまた別の概念だ。ググったりすると「原因と結果に分けて記録するのが複式簿記」と書かれていると思うが、これも後述するようにイマイチ腑に落ちない説明である。


つまり、2つに分かれるから「複」であるとは言えても、「その2つって何と何なの?」と聞かれても一言では答えられないというところがややこしい点で、念のため以下にメモしておくこととする。

複式簿記の本質

貸借対照表には「資産」「負債」「自己資本」という3つの要素があり、損益計算書には「収益」と「費用」という2つの要素がある。何か取引が発生すると、この5つの要素のどれかが増えたり減ったりする。5要素のうち2つを必ず使うわけではなく、たとえば現金という資産が建物という資産に変わるという取引もある。また、何かが増えると何かが減るというわけでもなく、たとえば借金という負債と現金という資産がともに増えるという取引がある。しかし、1つの取引は必ず2つの増減項目に分解することができて、その2つの項目を同額かつ同時に記録していくということは一貫している。


この2つの変化は、一方が貸方、他方が借方と呼ばれる。つまり、1つの取引は必ず、貸方に該当する記録と借方に該当する記録を伴うことになる。ところが厄介なことに、この「貸方」「借方」という呼び方には、ほぼ全く意味がない。確かに、債権と債務だけを考えた場合は、日本語の語感とは逆になるものの、取引相手からみて借りているカネ(こっちからみると貸しているカネ)が借方であり、取引相手からみて貸しているカネ(こっちからみると借りているカネ)が貸方であるということになる。しかし、「費用」とか「収益」の記録も貸方と借方に分かれるし、先ほど例に挙げたような「現金を払って資産を取得する」取引も貸し方と借方に分かれるので、この用語にとらわれてしまうと訳がわからなくなる。


「貸方」「借方」という用語は、まず日本語の語感とは逆という意味でわかりにくい上に、債権債務以外にこの用語が拡張されていったという経緯があるので、さらに分かりにくいのだ。一応、下記のページで、歴史的には債権債務の記録から始まって、その後にそれ以外の行為を「擬人化」して捉えることにして拡張していったという経緯が説明してあって、それはなるほどと感心したが、現代の複式簿記を理解する上ではあまり関係のない話だろう。
http://mba.kobe-u.ac.jp/square/keyword/backnumber/16nakano.htm


だから「複式簿記の本質とは何か」、言い換えれば「何が複で、複にすると何が嬉しいのか」を考える上では、単に「複式簿記とは、1つの取引を2つの項目に分解して記録することであり、それによってBSとPLが自動的に出来上がる仕組みになっているのが嬉しい」というぐらいに捉えておくのが良いと思う。他の言い方もできると思うし、自動は言い過ぎだが、まずこういう1つの簡単な表現で理解してしまって、そこから考察を広げていくのがいいのではないだろうか。


この「2つの項目」は、必ず貸し方と借方に対応しているのではあるが、これは貸借平均の原理で、
資産+費用=負債+純資産+収益
という等式が成り立つこととつながっている。左が借方で、右が貸方。
正確にいうと上の等式は、各要素が増加する場合の話なので、減る場合は移項する。たとえば現金を払って原材料を仕入れたなら、現金という試算は減少するから右辺に持っていって、
費用の増加=現金の減少
と均衡する形で記録する。
「貸方とは何か」「借方とは何か」という「貸方と借方の本質」みたいなものは、わかりにくいが、やはり貸方が原資で、借方はその使いみちというふうになっている。名称が不自然なのは、債権・債務関係の用語を拡張していったためだ。
原理については、このページの解説が比較的わかりやすかった。


ちなみに、複式簿記の解説を読むと、「原因と結果に分けて記録するから複式簿記と呼ばれる」と言われることも多いのだが、この言い方はわかりにくいのでやめたほうが良いと思う。たしかにそうも言えるのだろうが、どっちが原因でどっちが結果というべきか分かりにくいケースがあるし*2、原因と結果が貸方と借方に対応しているわけでもないからだ。

貸方と借方への仕訳の覚え方

「資産が増えるときは借方、減るときは貸方」「費用が増えるときは借方、減るときは貸方」みたいに個別に暗記しようとするとそのうち忘れてしまいそうだが(このページの真ん中あたりに表でまとめられている)、一応、以下のようにすれば芋づる式に思い出すことができる。

  1. まず、バランスシートを思い浮かべる。左右のどっちが借方でどっちが貸方だったかについては、「日本語の語感とは逆」と覚える。つまり、借金が貸方に、貸付金が借方に書かれるということで、すなわち左側が借方で右側が貸方だなと思い出す。
  2. 取引の仕訳については、BSの項目は増えるときはBS上の呼び方と同じになる。つまり資産が増えるなら借方で、負債が増えるなら貸方。
  3. 減少するときはその逆と覚える。
  4. 次に「資産+費用=負債+純資産+収益」という関係を思い浮かべると、PLの項目についても同じように把握できる。八百屋が野菜を仕入れるという取引を考えると、現金という資産が減って費用が増える。資産も費用も左辺にあるが、この場合、資産の変動方向は減少なので、右辺に移項して貸方として記録される。


費用と収益は、増減というより発生と消滅と言ったほうがわかりやすい。費用の減少(消滅)と収益の減少(消滅)って何?という話になるが、例えば、在庫が棚卸資産に計上されるときは「棚卸資産の増加」(借方)と「費用の消滅」(貸方)が起きる*3。また、売った品物が返品されると、「収益の消滅」(借方)と「現金又は売掛金の減少」(貸方)が生じることになる。


以上、なにか間違いがありそうな気もするので、気づいた方はコメント下さい。

*1:歴史的な発生過程としては、企業に属する資産とそれに対する持分のようなものを表したのが貸借対照表の始まりらしいので、「貸借対照表の左右」を「複」の意味だと理解するのも一つの方法ではあるが、現代の複式簿記を解釈する上では、個々の取引の記録方法のほうに着目すべきだろう。

*2:例えば、保有している資産が時価評価で目減りしたら「資産の減少」と「費用の増加」が生じるが、これらは一つの出来事の両側面という感じで、どっちが原因というものではないと私には感じられる。

*3:本を仕入れると在庫が増えるのだが、この在庫が増えるという現象は、この時点ではとりあえず無視される。取引としては、「現金の減少」(貸方)と「費用の増加」(借方)を記録する。で、決算の時期が来ると、決算のために棚卸という作業をして、売れ残っている在庫を棚卸資産として資産に計上する。その際、この棚卸資産の増加という結果に対応するのも実は「費用」で、費用が少し減ったことにするわけである。つまり結果的に、現金の減少分と棚卸資産の増加分の差し引きが、その期の費用に対応することになる。しかしこれは定期的に発表する決算を作るためだけに必要な処理なので、詳しいことは知らないが実務的には、棚卸資産に変身していた在庫は決算が終わるとまた費用として計上し直されるようである。