都構想を誤解している人たち
いわゆる大阪都構想についての住民投票*1で反対が多数となり、都構想はめでたく否決されたわけだが、年代別賛否割合のグラフをみて「若者は賛成多数だったのに70代以上の老人の反対が多かったせいで、改革が妨害された」と論じる「シルバーデモクラシー」論が登場して話題になっている。
若者は新しいものを好み、老人は古きを大事にします。
長く生きた人がその環境に愛着を持ち、変化を嫌うのは仕方のないことです。
少子高齢化が頂点にまで達した社会で、20年後、30年後のために変化を受け入れるのはこれほどまでに難しいものなのかと、改めてこの身に痛感せずにはいられません。
(略)
20代・30代・40代の将来世代を担う若者たちは明確に変化を望み、リスクを取ってでも挑戦しようとする意志をしっかりと表明しました。
あまりにも表面的な文章で寒気がしてくるが、似たようなことを言っている人はTwitterやFacebookでも身近に散見された。これらの言説は、都構想が「そこそこまともな改革案」であるという前提で主張されているのだろうが、本エントリでは、そもそも都構想はまともな中身のない改革案だったのであり、シルバーデモクラシー論の当否を論ずること自体が無駄であるということを述べる。
住民投票で賛否が拮抗したから、それまで都構想に大して関心を持っていなかった人たちがにわかにしたり顔で論じ始め、なんか「そこそこまともな改革案が、大胆さのあまり否決されてしまった」みたいな扱いになっているのだが、その認識がそもそもおかしい。
まず今回住民投票にかけられたのは、大阪の、そして関西の中心都市である「大阪市」を解体すべきかどうかということ“のみ”であって、成長戦略や住民サービスの改善案の是非などではないのだが、そのことすら理解されてないのではないか。「前向きで大胆な改革派」vs「後ろ向きで慎重な守旧派」の戦いなどでは全くない。反対派は、大阪市という中心都市を維持した上での改革案を対案として提示しており、要するに「改革を進める上で大阪市をつぶす必要などない」と主張しているのである。
しかもあの賛否拮抗は、橋下市長や維新の会が、
- 住民投票に進むこと自体がいったん議会で否決されたのに、衆院選で公明党を全力で妨害すると脅し(参考リンク)、後に公明党と裏取引を行って何とか住民投票に持ち込んだ。
- 住民投票に向けて、自民党と比較しても約10倍の宣伝費を投入。ちなみに原資は我々の血税である維新の党への政党交付金。(参考リンク)
- 反対派の識者を出演させないようテレビ局に圧力をかけた。これについては弁護士会有志が非難声明を出している。(参考リンク)
- 「今回可決されると、大阪市そのものが廃止される」という重要な事実すら隠蔽すべく投票用紙にまで細工をした。(参考リンク)
- 投票所に維新の会の運動員を立たせ、「大阪市はなくなりません」などというウソを喋らせていた。(参考リンク)
- タウンミーティング(住民への演説会)ではグラフの目盛の間隔を途中から変えるなど、信じがたい捏造を行って印象操作を行っていた。(参考リンク)
・・・といったことまで行って、やっとあの数字だったのだ。さらに、「都構想はどうでもいいけど、憲法改正を発議する際に維新の党には協力してもらいたい」と考えている安倍首相・菅官房長官のバックアップまであって(安倍・菅が都構想に理解を示しており、反対派の中心になるはずの自民党大阪府連が党本部からの支援を受けられない状態)、ようやく「賛否拮抗」まで持ち込めたという話なのである。
そんな経緯も知らずに、なんか投票結果が賛否拮抗しててすごかったという興奮だけをモチベーションに、したり顔でシルバーデモクラシーがどうのこうのという妙な議論をする連中が登場しているのが今の状況である。
「シルバーデモクラシー」論争
シルバーデモクラシー論への反論記事もたくさん出ており、ちょっとした論争になっているようだ。
「そもそも信頼できるデータなのか?」という疑問の声(参考リンク)もあって、そりゃそうなのだが、いったん考えないことにしてあの賛否割合のグラフがイメージとしてだいたい正しいということにして話を進める。*2
主たる反論は、「言うほど老人がマジョリティなわけじゃないよ」という事実の指摘だ。
60歳代より30歳代の人口の方が多かったり、50歳代より20歳代の人口の方が多かったりして、そんな単純な少子高齢化の逆ピラミッドになっているわけじゃないことが分かります。
(略)
40代までを若い世代に入れてしまうとすると、70歳以上の2.3倍も若い世代の人口の方が多いのです。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20150518-00045839/
40代までとそれ以上の人口比がほぼ半々なのであれば、賛成派が負けた原因はワカモノの低い投票率以外に無い。人口比で負けたのならばシルバーデモクラシーという指摘は正しいが、投票率で負けたのなら、それは単に民意が反映されたと考えるべきだ。投票に行かない人は「どんな結果が出ても従います」という意見表明をしている事になるからだ。
また、こういう論評もあった。
「シルバー民主主義」「若者の敗北」と評論する向きもあるようですが、大阪市の解体が若年層を利するものとは言えないはずで、評価としては単純すぎる気がします。20代の反対が30代より多いことの説明も的確に出来ないように思います。筆者の体験からしても、子供を持ち、育て、定住して地域につながりを持ち、自らも老いていく中で、地方行政との関わりが強くなっていくので、今回の課題で年齢が上がるほど反対票が増えるのはそれほど不可思議なことではないと思います。一言で言えば、学校を卒業した後、地域に根を張り始める前の若年層は地方自治との利害関係が薄いのです。
個人的には、↑こういう評価が適切であるように思う。男性より女性のほうが反対に傾いていたのも、子育てなどで自治体との関わりが深いからじゃないかな。
都構想そのものは、若者も老人も関係なくて、たんに大阪市を解体するかどうかが問われたものだ。若年・壮年の男性は、自治体の世話になっているという感覚がそもそもあまりないので、「とりあえずぶっ壊してみよう」という威勢の良い改革案にノリだけで賛成してしまうのだろう。
冒頭の「シルバーデモクラシー」の記事を書いた東京都議は、わけのわからない反論を書いた上で、しつこく老人をdisっている。
しかし私は、他のすべての世代の投票結果で過半数を得た意見が70代以上の投票で覆された事実は「シルバーデモクラシー」と言うべきものであり、まずはこの現実を受け止めて危機感を強めるべきだと考えます
(略)
世代別投票制度や、子育て世代に倍の票数を与える調整システムは真剣に導入を検討しても良い時期にきたと思っています。
もうとにかく高齢者のニーズが強く反映されること自体が嫌だということらしい。都構想が可決されたところで若者にとって有利な何かが進むという話では全くないという事実や、真面目に検討した結果反対票を投じた若者の存在や、老人だって後続世代の幸せを考えているという可能性は無視することにしているのだろうか。
そもそも「老人の反対が多かった」わけではない
しかし私の場合はそもそも、今回の結果をみて「老人の反対が多かった」と解釈すること自体が一種の偏見であると思っており、逆に「若者の賛成が多過ぎだろ」と感じているので、「なぜこんなにもたくさんの若者が、維新の会に騙されてしまったんだろう」というのが気になっている。
都構想はろくな中身のない政策なので、高齢者の利害が優先されたのかとか、若者の投票率が低すぎたのかとか、そんなことを議論すること自体が的はずれなのである。
「シルバーデモクラシー」論を言っている人は要するに、都構想はそれなりに真っ当な改革案であり、賛否5分5分ぐらいであって然るべき、もしくは賛成多数であって然るべきという前提で考えてるんだろう。だからこそ「老人の反対が多すぎた」という見方になるわけである。
まぁ、住民投票の結果がニュースに出た後でにわかに都構想について述べ始めた人は、都構想そのものに関しては特に意見も知識もないというのが本当のところではあると思う。「なんか大胆な改革が提案されているらしい」ぐらいのイメージだけを持っており、高齢世代で反対が多かったという出口調査結果のグラフが目に飛び込んできたのでとりあえず「老害が〜!」と叫びたくなっただけだろう。
ただ、そうだとしても、「高齢世代の反対が多かった=老害が改革を妨害した」という構図で物事を見ているということは、都構想は最低でも賛否5分5分にはなっていいはずの改革であるということが前提されているはずだ。
一方、「都構想などは馬鹿げた政策であり、否決されて当然」という立場からすれば、「高齢世代の反対が多かった」のではなくて「若者世代の賛成が意外に多かった」という見方になる。
こんなことを言っても屁理屈のように思われるのは分かっているのだが、世の中には「ヘンな改革案」なんてたくさんある。ビジネスマンなら、ふだんの仕事で「ヘンな提案」を山ほどみているはずだし、ヘンなものが“大真面目に”提案されるのも珍しいことではないと分かるだろう。べつに50:50を基準に考える必要はないし、「あれだけ声高に主張してるんだから、ある程度真っ当な提案なのだろう」と考える必要もないのである。
例えばの話だが、仮に「市長の弁舌に乗せられる人が3割ぐらいはいるだろうな」と考えれば、賛成30:反対70ぐらいで否決されるのが標準ラインになるわけで、今回の結果は「おー、若者が意外にたくさん騙されたんだな」という見方になる。
都構想はまともな改革案ではない
実際私は、それに近い感想を持っている。とにかく都構想の中身が、ろくでもない代物だったからだ。
都構想のメリットとして当初は「二重行政の解消で毎年4000億円の財政効果が!」と叫ばれていたわけだが、実は二重行政と関係ない数字が大量に盛られていたことが判明し、精査したら2億円ぐらいの効果しかないことが明らかになった。(財政学者・森裕之教授の資料によれば、本来的な「二重行政」はせいぜい3億円、うち大阪市分は2億とのこと。共産党は9億円、他の野党は1億円と試算。)
逆に、初期費用が600億円も必要になるので元を取るのに数百年かかる計算になって、橋下市長もしまいには「僕の価値観は財政効果には置いていない」などと言い出す始末だった(リンク)。
もうこれだけでも、「否決されるのが当たり前」を基準に考えてよい理由になるんじゃないだろうか。
また常識的にも、「大阪市を廃止・分割して権限とおカネを奪い取り、大阪府に移譲すれば、ワン大阪が発展する!」などというのは、そもそも発想からしておかしいと感じるのが正常なのではないか。反対派の藤井氏も指摘していたが、
「横浜市を廃止・分割して権限とおカネを奪い取り、神奈川県に移譲すれば、ワン神奈川が発展する!」
「名古屋市を廃止・分割して権限とおカネを奪い取り、愛知県に移譲すれば、ワン愛知が発展する!」
「神戸市を廃止・分割して権限とおカネを奪い取り、兵庫県に移譲すれば、ワン兵庫が発展する!」
とか言われてもふつうは信じないだろう。大阪は府と市の名前が一緒だからイメージがごっちゃになってるだけであって、「横浜」「名古屋」「神戸」というブランド都市が消滅するようなもんだと思えばハッキリおかしいと分かる。少なくとも、「えっそんなことあり得る?」と疑問を持つのが普通の感覚じゃないだろうか。
もちろん、豊かな都心部からそうでもない周辺部への再分配のような政策に意味がないとは思わないし、過度な一極集中は害があると思うが、全体の成長のためにエンジンとなる中心都市が必要だというのを否定する人は少ないと思う。*3
そもそも政令指定都市制度というのは、大都市の自律的な発展を、道府県に邪魔させないために作られた制度だ。もともとは「特別市」という、道府県と同レベルの権限を与える構想があったのだが(韓国のソウル市みたいなもん)、府県の反対によって実現せず、折衷案として都道府県の権限を完全にではないがある程度担う政令指定都市制度に落ち着いた。横浜市なんかは今も「特別自治市」構想を掲げて大綱まで作っており(参考リンク)、国でも検討が行われている(参考リンク)。
東京の23特別区だって、過去には「東京都に権限を奪われすぎたので自治権を回復しなければ!」という闘争を長い間行っていて、その結果として区長の公選制というのが実現したわけだし、未だに(自治体としては権限が不十分な)特別区を市に再編すべきだと主張する人たちも存在する。
「自治権の拡大」を目指す運動は理解可能だ。しかし都構想のようにわざわざ「自治権を放棄」すべく大阪市民が投票所に足を運ぶというのは、全く意味が分からない*4。
真面目に分析するのも馬鹿らしい
まぁ、結論としてすでに否決されたわけで、今さら反対論を整理する必要もなく、都構想というのは特にメリットのない変な政策であったということだけ確認しておけばよい。
で、なんでそんな政策が住民投票にかけられるに至ったかといえば、維新の会が「提案してみたものの、ツッコミどころがありすぎて早晩頓挫しそうだから、何とかイメージ戦略だけで勢いを保てる今のうちに多数決に持ち込んでおこう」と焦ったんじゃないかと想像している。
実際、橋下市長は該当演説でも「都構想のメリット」を謳うことがだんだん少なくなっていって、最終的には都構想の中身(協定書)と全然関係ない既得権批判や、反対派の悪口を主に叫んでいただけという印象だ。
・・・最初の話題に戻ると、要は今回は「これだけ杜撰な改革案なのだから、否決されて当然」と思っておけばいいし、否決されて当然な改革案がまじめに提案されるのも別に珍しいことではないよなと、冷静に構えていればいいわけである。
そして、そういう視点から見れば「老人の反対票が多かった」などということはなく、むしろ「若者の賛成票が多過ぎたせいで接戦になってしまった」という評価になるわけで、「シルバーデモクラシーが改革を妨害した」というよりは、「馬鹿な若者にあやうく大切な街を破壊されるところだった」という感じなのだ。だって、まともな改革案じゃなかったんだから。
それに最初にも言ったように、都構想はべつに若者に有利な政策でもなんでもない。たんに大阪市という自治のシステムをぶっ壊してみましょうという話であり、若者だからどうこうという話ではないのである。つまり今回の住民投票では、特定世代の「利害得失」なんか判断基準になり得ないはずであり、要は「雰囲気をみて面白そうだったので、ノリで賛成した人々」vs「雰囲気程度では今あるシステムを壊す気にはなれない、と反対した人々」の戦いだったのだ。
世代間の利害対立がどうのこうのなんて真面目に分析するような出来事ではなかったのである。もちろん、「威勢のいい提案に騙されやすい若者のノリ」と「騙されにくい老人のノリ」を比較したければしてもいいと思うが、意味のある議論になるかは疑問だ。
書くのが面倒になってきたので、自分のツイートをその前後を含めて貼り付けて終わりにしておきます。
都構想の内容を勉強せずに、世代別賛否割合のグラフだけをみてにわかに何か分析した気になってしまう人が大量発生してるようだが、そもそも都構想自体が詐欺的な内容で、良く言ってもメリットが不明だったのだから、真面目に分析するのもバカらしい。テレビ番組の視聴率みたいなもんだと思えばいい。
— 琵琶湖マッサージ (@statsbeginner) 2015年5月19日
都構想の賛成率は「口の上手いリーダーに騙されやすい人の割合」とも言えるが、より正確には「何事においても、日経新聞あたりの凡庸な論説を読んでにすぐ影響され、中身を勉強することなく分かった気になる、意識高い系の人の割合」であり、その意味では20-40代男性の賛成率が高いのは頷ける。
— 琵琶湖マッサージ (@statsbeginner) 2015年5月19日
都構想住民投票は、「賛否両論の大胆な改革案」が否決されたとかいう話ではなく、詐欺で騙せる人数には限りがあり、半数弱までしか押し切れなかったってだけだ。
— 琵琶湖マッサージ (@statsbeginner) 2015年5月19日
ネットの人気記事を読んだ程度で物事を理解した気になる「自称情強」の若・壮年層が、何となく大胆な感じがする煽り文句にはすぐ感染してしまう人たちだってことが、今回明らかになったんだよw / “大阪都構想なるものが情弱老人によって潰され…” http://t.co/9TaSHHBcal
— 琵琶湖マッサージ (@statsbeginner) 2015年5月19日
*1:あくまで今回の住民投票は、維新の会が掲げる「都構想」そのものではなく特別区設置協定書についての賛否投票であり、単に大阪市を廃止し、5つの特別区を設置して財源・権限・資産を大阪府と特別区に振り分けることについての賛否が問われたのだが、本エントリではこの協定書が謳う作業の範囲を都構想と呼んで話を進める。
*2:確かメディアが共同で実施していた出口調査はサンプル2700人ぐらいだったと思う。サンプルサイズというよりは無作為化がどれだけできているかのほうが気になるが。
*3:ちなみに、横浜市と神奈川県、名古屋市と愛知県、大阪市と大阪府、神戸市と兵庫県はいずれも人口の比が似ていて、これらの市は中心都市とはいえ府県の人口の3〜4割をカバーするに過ぎない。旧東京市に当たる東京23区の人口は東京都の人口の7割を占めているのとは対照的だ。だから、これらの都市の財源と権限を都道府県に移譲するという改革は、やはり「成長のエンジンを解体する」というイメージになる。
*4:周辺自治体の市民が賛成するのはまだ分かる。