- 作者: 楊逸
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2008/07
- メディア: 単行本
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単行本も出ているが、私は月刊『文藝春秋』の9月号で読んだ。
中国人の女性作家・楊逸氏の芥川賞受賞作品である。日本語を母語としない外国人としては初の受賞ということで話題になったが、残念ながら作品そのものは凡庸だと思う。
日本語表現に違和感があるとか無いとか、こなれて来たとかそうでもないとかいう話には、私はあまり関心はない。語学力とはほとんど関係がないところで、この作品には決定的な物足りなさがあるように思えるからだ。
ネタバレになるので作品の内容について詳しくは触れないとして、簡単に感想を述べておくと、物語のテーマと舞台設定のスケールの大きさに描写が追い付いていないのである。そしてそれは描写力の問題というよりも、「よく知らないことについて書いちゃった」という感じ、あるいは、「ネタは色々思い浮かんだけど、細かい調査をしないで書いちゃった」という感じである。
80年代から現代へ到る中国の複雑な歴史に翻弄された、青年民主活動家の人生を描いているのだが、短い分量の中に色んなモチーフを詰め込みすぎだろう。とくに主人公が学生運動に身を投じて以降は、ストーリー構成の箇条書きに毛が生えた程度の描写になってしまっている。
なお、夏に、日本語を研究している中国人数名とこの小説&作家について話す機会があったが、意見はみんなほとんど一緒だった。
……しかし私は、著者・楊逸氏を応援したいと思う。私の読んだ月刊『文藝春秋』には受賞者インタビューも載っていて、彼女の歩んできた人生が語られているのだが、これが作品よりもはるかに壮絶で迫力があるのだ(笑)
文化大革命の時期に一家で「下放」――資本家や知識人を強制的に農村へ移住させて、農民の苦しみを味わわせ、労働の大切さを叩き込むという政策――され、零下30度で肉まんが自然に凍結してしまうほど寒かったのに、ドアも窓もない吹きさらしの家に住んでいたとか、故郷へ戻ったら住む家がなく、学校の教室に家族で住んでいたら、同じく学校に住み着いていた新婚カップルの部屋のテレビから出火して焼け出されてしまったとか、引っ越すときに飼い犬を連れて行けなかったので村人にあげたところ、村人たちはその犬を鍋にして食べてしまい、記念にもらったその犬の皮は今も大事に母親のベッドに敷いてあるとか……。
たしか日本人の男と結婚したけど離婚して、筆ひとつの稼ぎで子供を育ててるんだっけ。作品としては決して歴史に残るような代物ではないと思うが、インタビューを読んでいるとじつに感じの良い作家なので、賞でもなんでも取って幸せな人生を送ってくれればいいと思う。