The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。このブログの裏で始めた統計&プログラミングのブログのほうがアクセスが伸びてしまい、こっちが裏みたいになってます。

藻谷浩介『デフレの正体』

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)


 2ヵ月ぐらい前に読んだ本書をぱらぱらめくったら、ページの端々にボールペンで、「高齢化すると供給も減るからインフレ圧力もあるのでは」「1400兆円の個人金融資産は運用されてるのであって死蔵されてるわけではない」とか色々ツッコミが書いてあったw
 大変なベストセラーになった本なんですが、後述するようにすでに色々反論も出てますね。けっこう本書には面白い指摘もあるのですが、無理があるだろと思ってしまう主張もたしかに含まれています。


 著者の主張は、「景気の波」を楽々と打ち消すレベルの「人口の波」が日本経済を洗い流しているので、もはやマクロ経済政策でデフレから脱却することは不可能であるということです。
 人口の波とは、総人口の減少以上に「生産年齢人口(15歳から64歳までの人)」が激減しているということ。要するに、盛んに消費をする現役世代が減って、逆に老人がどんどん増えているので、総需要の伸びようがなく、デフレ脱却は厳しいだろうと。
 国内の新車販売台数、小売販売額、国内輸送量、1人あたり水道水使用量など色々な指標をみると、2000年前後を境にして急激に、そして一貫して低下し続けている。これは景気が悪くなったというよりも、「生産年齢人口」の減少に連動しているというのが著者の主張です。


 1995年に生産年齢人口は8,716万人いたのが、2005年には8,442万人へと約300万人減少している。逆に75歳以上の後期高齢者が717万人から1,164万人へ増加しています。しかも、これはまだ「団塊の世代」の引退が始まっていない時期だという点に注意が必要です。いわゆる「団塊の世代」を、1946〜1950年生まれと広めに定義*1すると約1,000万人いますが、彼らが2010年から2015年にかけて65歳を迎えることになる。その間、15歳を迎えて新たに生産年齢人口となるのは590万人ぐらいなので、また差し引き400万人ほど現役世代が減ってしまいます。(参考リンク:ちきりんの日記「日本の将来」に分かりやすいグラフがあった。)
 国勢調査から単純に計算すると、2015年には現役世代が7,700万人ぐらいになると思われるので、ちょうど20年間で1,000万人ぐらいの減少になる。総人口が1億人強の日本で、この規模の変化が起きると、ちょっと景気循環なんて関係ないぐらいのインパクトがあるというのが著者の主張です。


 で、じゃあどうすればいいかというと、もう景気対策はやってもあまり意味がないから、
 (1)カネをため込んで使わない高齢層から、消費の旺盛な現役世代へと所得移転(若者の賃上げ等)を進めるべき。
 (2)女性の就労を進めるべき。
 (3)外国からの観光客や短期定住者を増加させるキャンペーンを行うべき。
 というのが著者の見解です。


 さて、「生産年齢人口の激減」という指摘自体は、揺るがしようのない事実であって、私も重要だと思います。しかし著者の主張には違和感もあって、思わず本のページの中にボールペンで色々書きこんでしまっていました(笑)
 菅原晃氏という方による『デフレの正体』批判のリンク集を見ると分かりやすいです。「その1〜7」は、国際収支に関する理論的な間違いの指摘が延々続いているのですが、これについてはもちろん大事な話ではあるし「藻谷叩き」をしたい人にとっては面白いだろうけどw、本書の本質的な主張とはあまり関係ないかと思います。


 まず重要なのは、「その8」の、「諸外国をみると、高齢化社会になるとデフレになるとは限らない」という点ですね。

<デフレは日本だけ>
 この『大機小機』で挙げられている論点についてです。 「デフレ」は先進国では日本だけに起こっている現象です。「生産年齢人口が減り、高齢者が増え、買うものがなくなった」では、論証になりません。
 各国の高齢化率(65歳以上の全人口に占める割合)は、日本だけが突出して高い(高かった)わけではありません。2010年(推計値)によれば、日本の高齢化率は、各国を上回るようになりましたが、1990年はグラフのすべての国、2000年は、イタリアの方が、その率は高いのです。


 この点は、池田信夫氏のブログでも述べられています。

日本の高齢化率が世界最高になったのはここ数年で、最近20年をみると主要国の平均程度である。合計特殊出生率(2004)をみても、日本の1.29に対して、韓国1.16、台湾1.18、シンガポール1.24、香港0.93と、少子化はアジア諸国のほうが急速に進んでいるが、こうした国の成長率が落ちたという話は聞かない。

 まあ外需依存度の高い国とは比較しないほうが良いかもしれませんが。
 さて、そもそも、人は高齢化したら消費をしなくなるんでしょうか。最新の家計調査をみると、確かに高齢者は働き盛りの40代や50代にくらべて消費額が少ないです。でも大雑把に言って2〜3割程度の差なのでイメージほど激減はしていないし、そもそも30代と同じぐらいの水準で、20代よりは消費額が多い。(2人以上世帯については、「世帯主が60歳以上」でも3世代同居で働き盛りの息子がいたりするからデータを見る上で注意は必要ですが。)
 アマゾンの誰かのレビューにコメントとして書き込んだものをそのまま貼り付けます。

 http://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/nen/pdf/gk02.pdf
 最新の家計調査ですが、大雑把に平均でみれば、40・50代の働き盛りのころに比べて、60歳をすぎると消費が2〜3割減ぐらいにはなるという感じですかね。項目でみると減りが大きいのは主に「教育」と「交通・通信」で、「交際費」は逆に増えています。他はあまり変わらない。


 《2人以上世帯の世帯主の年齢別消費支出(21頁)》
 30歳未満 230,525円/月
 30代    269,998円/月
 40代    321,071円/月
 50代    341,717円/月
 60代    285,633円/月
 70代以上 238,009円/月


 →働きざかりの40〜50代に比べれば2〜3割減くらいというイメージ。
 なお、世帯主が60歳以上で“無職”の世帯に限ると207,302円/月なので、4割減ぐらいですね。


 《単身世帯の年齢別消費支出(26頁)》
 35歳未満   156,582円/月
 35〜59歳   186,396円/月
 60歳以上   150,669円/月


 →働きざかりよりも2割減ぐらい。
 60歳以上で“無職”に限ると145,963円/月なので、これも2〜3割減ぐらいですか。
 細かくいえばデータについては色んな事がいえるのは承知してますが、大まかなイメージとして「高齢者の消費は現役世代の2〜3割減」と思っとけばいいんじゃないでしょうか。


 そういえばこないだ総務省の通信利用動向調査をみていて面白いと思ったんですが、Eコマースの一人当たり年間利用額が一番高いのは60歳以上でした。まあこれは分母をEC利用者に限ったもので、高齢層はネットやネット通販自体をやってる割合が少ないのですが、やり出すと若者よりもカネを使ってるわけw*2


 また、彼らは「生産活動」をやめるので、需要だけでなく「供給」力も全体として減るはずであり、供給の減少はデフレではなく「インフレ」圧力になる。「若いころに比べれば質素だけど消費はする。生産活動はまったくしない」という人たちが増えるわけだから。すると、心配すべきは、むしろ将来の人手不足であり、インフレであり、イノベーションの阻害などであるのかも知れない。
 もちろん引退した人数に比例して単純に供給が弱るわけではないし、貿易とかもあるので一概には言えませんが、逆に一概にデフレになるとも言えないんじゃないでしょうか?
 この辺は細かい議論が必要だから実際どうなのかは私には分からないし、ガッツリ研究してる人もどっかにいるんだと思いますが、少なくとも藻谷氏が言ってるほど単純ではないと思います。


 上記リンク集の「その12」「その13」あたりの論点も重要です。著者は日本の1,400兆円の個人金融資産について、これは主に高齢者が銀行に「死蔵」しているものであり、さっさと取り崩して消費に回すべきだから、若年層への所得移転をせよ!と言ってますが、これは無意味なのでは?
 1,400兆円の金融資産というのは、べつに札束が金庫に眠っているわけではなくて、すでに銀行を通じて企業に貸し出されたり国債を買ったりというふうに「活用」(投資)されているわけなので、これを統計に現れるような規模で無理やり取り崩すというのは「貸し剥がし」みたいなもんで、べつに経済にとってプラスにならないんじゃないでしょうか。もちろん消費がなければ企業が投資する意味も結局ないので、消費と貯蓄(投資)の適切なバランスってもんはあるだろうし、老人がみんないきなり1ヵ月3万円ぐらいの超ロハス生活を実践しだしたら何かしら混乱はあると思いますが、単純に老人が「消費」をしないとカネが世の中をまわらなくなるというわけではない。


 しかしまぁ、変だと思うところがあるにしても、「生産年齢人口の激減」がイメージより急激に進んでいるという問題提起自体は、何かしら意義あるものだとは思います。三浦展氏の『下流社会』論が、論証はいい加減だけど現代日本を語る上での一つの「切り口」を提示したのと似ていますね。

*1:ふつうは1947〜49年生れとされてるはず。

*2:割合が少ないのであって、母数が巨大なので人数は多い。国勢調査と組み合わせて推計したところ、過去1年間のEC利用者数はだいたい20代が900万人、30代が1200万人で、60歳以上は580万人なので、30代の半数ぐらいの規模には達している。利用「率」でいえば60歳以上は1割強ぐらいだけど。