The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

「コンビニ冷蔵庫事件」と「プラカード事件」

 いわゆる「コンビニ冷蔵庫事件」に関するブログやらTogetterの記事を読んで、ふと作家の山田風太郎が終戦直後に「プラカード事件」についてのコメントを日記に書きつけていたのを思い出したので、メモしておきます。


コンビニ冷蔵庫事件

 7月に、コンビニのバイトの人が冷蔵庫に入ってふざけた写真を撮影し、Twitterに掲載したところ炎上したというのがあって、その後似たような事例が何個も見つかって8月頃まで騒ぎになっていたのでした。
 発端となったローソンのアイスのやつは冷蔵庫じゃなくて「冷凍庫」なんですが、ネットの記事だと「コンビニ冷蔵庫」としているものも多いようです。

コンビニ店員がアイスの冷蔵ケース内で寝転ぶ写真、Facebookに ローソンが謝罪、FC契約解除 - ITmedia ニュース
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1307/15/news009.html


【バカッター】バイトテロによる炎上事件まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2137691701065578401
→似たような案件がいろいろまとまっている


※その他、検索したらいろいろあったので本エントリの最後に列挙しておきます。


 こういう、「悪ふざけをネットで公開 → 炎上 → みんなで叩く → 店舗閉鎖や数千万円の賠償請求……」という流れに対して、「そこまで厳しく対処しなくても良いんじゃないか」と突っ込みを入れたのが↓のブログですね。


「厳しすぎる社会」は「だれも責任をとらない社会」
http://d.hatena.ne.jp/Yashio/20130830/1377868594

冷蔵庫入ったりピザ生地顔に押し付けたりしてバカだなあとは思っても、それでそいつの人生を壊滅させていいレベルの話かよと思ってた。


 というような優しい言い方が癇に障った人もたくさんいるらしく、賛否入り乱れてブコメなどが非常にフィーバーしておりました。
 私は、

もともと(俺らは品行方正に我慢して生きてるのにあいつ好きなことしてズルい、許せない)っていう嫉妬と恨みの感情で「つぶせ」って言ってるだけだ。だいたい自分が利用したこともない店の話なのに、怒ってるんだから。でもその感情を正当化するために理由がほしい。そこで「二度失敗するから」「社会秩序を乱してはいけないから」で自分を納得させる。そうすれば「俺は正しい!」って顔して恨み感情をぶつけることができて気持ちいいからね。こうして恨み感情が恨みパワーとなり、束になって世間力になっていく。


 という見方は、そこそこ正しいような気もするのですが。
 まぁただ、叩いている人達もべつに全身全霊を傾けて叩いているわけではなく、大半の人は何となく「バカはバカ。救う必要なし」ってちょっと言いたくなったから言ってみただけであって、何かこだわりをもってコンビニ冷蔵庫君の非倫理性を指弾している人というのはごく小数だと思います。


 で、今週の佐々木俊尚さんの有料メルマガの下の方にまとまっているニュースのリンクの中で、Togetterのまとめが紹介されていたので読みました。
 上記のブログの趣旨におおむね賛同した佐々木氏も、Twitterでたくさんの人から批判を浴びたようで、そのやり取りのまとめですね。


佐々木俊尚さんのコンビニ冷蔵庫議論まとめ
http://togetter.com/li/558574


 ブコメでも、佐々木氏に対する批判が多いです。批判を要約すると、「22歳にもなってコンビニの冷蔵庫に入ったりするようなやつを擁護するなんて恥知らずである」程度の簡単な話です。佐々木氏側の主張も、「いやいや冷蔵庫に入るぐらいの悪ふざけは普通だろ。ネットで拡散することのリスクを分かってなかったのはアホだけど、そのアホさは人生を終了させるほどの汚点ではない」というシンプルな議論です。
 まぁ、考えれば考えるほど、「ありがちな議論」という感じなので、なぜそんなに荒れるのかなという気もしますが。


 ↑のTogetterから佐々木氏の発言を抜粋すると、

 「あのぐらいの行動は大人への通過儀礼の変形みたいなもので、多かれ少なかれだれだってやってるようなレベルの話」


 「低学歴とか思考力欠如とか関係ない。昔、尾崎豊が窓ガラス割ったのと同じ。ただ昔と異なるのは、それがネットで拡散されてしまうというメディア空間の変化で、これは誰にでも振りかぶる問題ですよ。」


 「昔から喫茶店のサンドイッチのパセリを洗って再利用するようなバイト君はいただろうし、そんなの気にしてたら切りがない。ただ可視化されてしまったことで無視できなくなっちゃうというバイアスの問題が起きているということ。」


 「22歳で冷蔵庫入って何が悪いのか全然わかりません。30歳でも40歳でももっと悪ふざけしてる人、いっぱいいるじゃん。私はそんなに道徳的な人間じゃないので、他者にもそんな高い倫理を求めることができません。」


 「みんな22歳のころ、そんなに倫理的な行動してる人だったの? 私はいま思い出しても顔から火が出るくらい非道徳的でダメな若者でしたよ。アイス冷蔵庫に入ったことはなかったけど、似たようなことはたくさんやった。」


 「単なるアホなんだったら、暖かく見守ってあげるだけでいいじゃん。「あほなことしてるなあ。でも次はやるなよ」で充分だと思う。なぜに叩きまくって仕事をなくさせて社会から排除しようとするの?」


 「まあこういう問題が起きるたびに毎回毎回思い出すのは、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」(イエス様)。」


 「反道徳なのではなく、メディアリテラシーが低くて自分のバカげた行為をSNSで拡散してしまっただけ。つまり批判されるべきは「反道徳」ではなく「低メディアリテラシー」ということですよ。低メディアリテラシーは、仕事を棒に振るほどの悪行なのか?という問題。


 「あのねえ、ゼロリスク思想=過度な倫理観=過度な潔癖症、はすべてつながってると思うんだよね。それが今の日本社会の最大の問題ではある。」


 という内容で、だいたい賛成です。
 というかそもそも、コンビニの冷蔵庫に入ったぐらいで倫理や社会がどうのこうのとまじめに議論してもしかたないのですが、悪ふざけに対する過剰な制裁とか、あまりに教条主義的な「倫理」「マナー」論というのは、その延長線上に危険なものがあるとは言えると思います。
 ちょっと大げさですが、全体主義とか群衆心理とか言われている現象も、小役人的まじめさによって駆動している場合が多いように思いますしね。ハンナ・アレントが『エルサレムのアイヒマン』で描いているナチスの指導者のパーソナリティも、極悪人というよりは妙に自意識過剰なまじめ君という感じだし、あさま山荘事件のルポなどで明らかになった連合赤軍のメンバーの会話も、革命思想の内容うんぬん以前に、態度が異様に「潔癖症」的な点が特徴的ですよね。


 こんなブログ記事も出てきていて、


正論で人を叩くのは快感
http://d.hatena.ne.jp/hagex/20130913/p13

炎上で人を叩くのは娯楽なんです。正論は振りかざして人を攻撃するのは快感なんで、やっていると脳内麻薬がビンビンでていると思いますよ。
はだしのゲンでも、反戦的な行動をとる主人公一家に、周りが「非国民!」と攻撃するシーンがありますが、あれも娯楽の1つであり、やっている人は気持ちよかったんだろうな~ と想像しております。


 とおっしゃってますが、確かにそういう人もたくさんいるでしょうね。ただ、アイヒマン的まじめさでもって本気で「主張」している人の割合も↑のブログの方が思っているよりは多い気がしますし、気持ちいいから悪のりしているだけなのか、まじめに正義感に奉じているのか、本人にも区別しがたいケースも多いと思います。


山田風太郎の「プラカード事件」所感

 ところで、上記のような論争を読んでいて、ふと、作家の山田風太郎が終戦直後の日記でプラカード事件に触れて、似たようなことを論じていたのを思い出しました。
 プラカード事件というのは、物資が極度に不足していた終戦直後に、「食糧メーデー」(風太郎の日記文中では「米よこせ大会」。Wikipediaの記事を参照)というデモ活動に参加した共産党員が「国体は護持されたぞ 朕はタラフク食ってるぞ 汝人民 飢えて死ね」というプラカードを掲げたところ、天皇に対する「不敬罪」に当たるとして警察に捕まり、裁判にかけられたという事件です(Wikipediaの記事参照)。


 風太郎はこの事件について、このプラカードを掲げた輩は下衆な人間だが、下衆な人間に対して大まじめに社会的制裁を加えようとするのも、それはそれでおかしいだろうと日記に書いています。

先日来から問題になっているプラカード事件に対する余が意見。被告は米よこせ大会に「国体は護持された、朕はタラフク喰っている、爾臣民飢えて死ね」というプラカードを押し立ててねり歩いた人物である。おそらく思うにこの被告は実に軽薄な生意気な漢であろう。何も法廷で諷刺芸術論をやりとりするほど、すぐれた諷刺家でも何でもないこのプラカードの文句ははなはだしく下品で野卑である。彼は流行にすぐに逆上するお調子者で、かかるへちま頭には時に一斗の冷水を浴せかけてやる必要がある
それにたとえ「朕」はタラフク食っているとしても、朕は決して爾臣民飢えて死ねとは考えていられないであろう。そんな品の悪い想像をするを許さないのは「教育」のせいかもしれないが余はこの教育に感謝する。君主が、飢えたる人民を下に人間らしい生活をする理由は一つもないが、しかし吾々は天皇が白い飯を食っていられても、芋を食っている吾々に較べて腹を立てようとは思わない。それは卑屈ではなく、人間としていい感情の一つである事に間違いないだろうと思う。
しかし。
余は敢ていう。
このプラカード事件は不敬罪として扱うべきではない! こんな馬鹿げた悪戯に懲役を科したりするのは明らかに人間に対する罪悪である。

(昭和21年10月31日の日記)


 私は風太郎の日記が大好きで、ことあるごとに日記中のセリフが浮かんだりするんですが、↑の日記は2つの意味でとても印象に残っています。


 ひとつは、天皇を口汚く罵ることを「はなはだしく下品で野卑」だと感じてしまう感情、そして天皇が「国民は飢えて死ね」などと思っているわけがないと信じてしまう感情を、所詮は教育のせいかも知れないと自覚しつつも、「人間としていい感情には違いない」と断言していること。
 日記の他の箇所を読むと分かるのですが、風太郎はもともとかなりの皮肉屋であって、神も仏も信じてはいないし、天皇を崇拝すべしみたいなタイプの人でもないのです。しかしそれでもなお、いちいち君主を罵ったり、「偉そうにしてるが本当は酷いことを考えているはずだ」といった勘ぐりをするのは、人間として下品だからやめておくべきだと言ってるわけです。
 どちらかといえば反戦平和主義者であった坂口安吾が、「特攻隊は神聖視されているが、出撃前には女に溺れたり泣きわめいたり、麻薬を打ったりしていたんだ」みたいなことを言いたがる奴らに対して、「疑るな。そッとしておけ。」と言ったのと似ていると思います。(以前のエントリ参照)


 もうひとつが、コンビニ冷蔵庫事件に似た話で、このプラカードを掲げていた共産党員は本当にアホで、こんな下品で野卑な輩を擁護するいわれは何もないのだが、これを不敬罪に問うなどというのはそれもまた馬鹿馬鹿しく、逆に「人間に対する罪悪」に当たると言っているところです。
 この「人間に対する罪悪」という言い方にはいくつかの解釈が可能だと思いますが、恐らくこういうことでしょう。下品で野卑な輩というのは、一定の割合で存在するのがふつうの人間社会であって、その多くは「単なるアホ」に留まるものである。このプラカード男も単なるアホなのであって、何か社会を変革するような力を持つ反体制運動家であるわけではないのだから、放っておくか、せいぜいプラカードを取り上げて黙らせるぐらいにしておけば良い。しかるにこんな程度のアホにまでいちいち不敬罪を適用して、大まじめに「社会の敵」として扱っていたのでは、刑法が(「不敬罪」なる罪を定めることによって)守ろうとしている道徳性そのものの程度を引き下げることになりかねない。また、単なるアホであっても容赦なく取り締まるということは、理屈上は「下品で野卑な輩」の完全追放を目指すということにならざるを得ないが、完全に道徳的な社会を想像するのは非現実的というか一種の偽善であある。必ず一定の割合でアホな輩を生み、まともな者も時にアホなことをしてしまうという、この人間や社会というもののありのままの姿を、全然わかってねーなということです。
 少しレベルの違う話ですが、たまたま先ほど坂口安吾を引用したので連想でいうと、安吾の有名な『堕落論』も、別に「みんなで堕落したほうがいいぜよ」と堕落を肯定したのではなく、人間が本来クソみたいな存在で、誰にだって堕落の可能性があるのだということを直視せずに「綺麗ごと」としての道徳を掲げていたのでは、逆に倫理や道徳が本来の力を失うことになるだろうという話だったと思います。人間というものがどんなに程度の低い存在であるかを知ることなく道徳を論じても、偽善にしかならんわけです。


 とまぁ色々連想が働いたことをメモっておきたかっただけなのですが、今回のコンビニ冷蔵庫事件についていうと、私は倫理道徳とかメディアリテラシーみたいな論点にあまり関心が向かわなかったです。もっと素朴で個人的な感想を言うと、自分がいつも行っている店の冷凍庫に店員が入っていたとしても、アイスなんて袋か箱に入ってるんだしべつに良いかなという感じですね。たとえば床に落とした「からあげクン」をそのまま出してたりすると不潔な感じがしますが、アイスは袋に入ってるからべつにいいです。(そういう問題じゃない?)


バイト炎上関係参考リンク

いろいろありすぎて検索するのも疲れたので、主なものだけ挙げておきます。


【画像】 「ローソンのアイス冷凍庫に入ってみたw」 → 炎上
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1767979.html


またアイスケース問題発生!手口巧妙化で新たなステージへ
http://www.yukawanet.com/archives/4519864.html


丸源ラーメン門真店 ソーセージをくわえるバカッター店員の犠牲に
http://gucchoi.com/archives/11241
→これはなんか、やり取りが痛々しくて面白い


まゆみんともう一回はたらきたーいお。...
http://archive.is/QpLbf
→頭にあんまんのっけて接客は面白い


ブロンコビリー、バイトが冷蔵庫に入った足立梅島店を閉店&当該バイト店員に損害賠償請求も
http://gaisyokuch.blog.fc2.com/blog-entry-1753.html
→ステーキ屋でもやってるらしい