The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

西部論

 とある雑誌の特集で、1月に亡くなった西部邁氏の思想や人柄を回顧する文章を書いた。あと、西部氏の略歴と書誌を(他の人にも手伝ってもらいながら)改めてまとめた。


 西部邁論の原稿のほうについては、恐らく多くの寄稿者が西部氏の「凄みのある人柄」みたいなものについて書くだろう、そして次に多いのが氏が評論家時代に掲げていた「保守思想」の紹介だろうと思ったので、私はどちらかといえば「社会科学者としての西部邁」に強めの関心を払う形で書こうと最初から決めていて、そういう偏りをもった原稿になった。


 書く前には、比較的古い『ソシオ・エコノミックス』や『知性の構造』などの著書に加えて、70年代、80年代の学術誌に掲載された論文やインタビューなど(恐らく単行本に収録されていないものも多い)を読み直しておいた。
 この読み直しからいくつかの発見があったが、引用したりしていちいちなぞっていくような文章にすると、一般読者向けの雑誌に書くものではなくなってしまうので、ごく簡潔にだけ触れることにした。結果、著作名への言及も、著作からの引用も、全くせずに終わった。


 なお、やはり自分では考察力・文章力に不足があって、あまり厳密に書くことができなかったし、論旨に何箇所か飛躍ができてしまった。あと、やたらと「や」で単語を連結する表現の多い、気持ち悪い文章になった感もある(笑)
 なので、そんなに、わざわざ人に読んでもらいたいと思えるようなクオリティにはなっていない。ただ、正直に書くことはできたと思う。


 略歴と書誌には、西部邁論の原稿の何倍かの時間がかかってしまった。略歴については、過去の著作に載っている略歴をベースに自伝や昔の雑誌原稿のプロフィールを参考に整理したのだが、著作にも明らかな間違いや不整合がけっこうあって、ご家族への確認も含めて事実の確認に手間取った。書誌については、1970年代、80年代に学術誌に書いていたような、雑誌原稿はすべて除くことにした。本当は雑誌分も網羅したいと思ったが、時間的に全然無理なので。
 ちなみに略歴にも書誌にも、私のケアレスミスが少し残ってしまって、申し訳なく思っている。