The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

集団的自衛権に関する憲法解釈は変更されていない?

憲法学者の見解

 通勤時間にいろいろ動画の番組を見てるんですが、今さら感がかなりありますけど、集団的自衛権の行使容認とやらについて、憲法学者の木村草太氏がインタビューに出ていたのを見ました。



木村草太氏:国会質問で見えてきた集団的自衛権論争の核心部分 - YouTube


 先日、「集団的自衛権の行使容認」問題についてのメモ - The Midnight Seminarというエントリを書きましたが、その時自分でも閣議決定の本文を読んでて、騒がれている割に「何が画期的なのか」がイマイチ分からず苦しみました。
 自国の存立が脅かされる場合でなければ武力行使はできないわけなので、日本が関係ない他国の戦争に巻き込まれるという話ではないよなと(そもそも集団的自衛も自衛の一種なので、当たり前ではある)。
 まぁ結局はアメリカへのゴマすりが実際の目的だと言われているので、細かいことを考えても仕方ないとしても、文言上何が読み取れるのかは気になるんですよね。
 以下、メモしておきます。

国会中継の録画

民主党・岡田克也:なんとかかんとか。
岸田外務大臣:なんとかかんとか。
安部総理:なんとかかんとか。
民主党・福山哲郎:日本政府は正式に、憲法の解釈を変更したというのは、文民条項の時一回きりだということになっています。これは、今回は2回目ですか?今回の憲法解釈の変更は2回目なのかどうかをお答えください。
横畠内閣法制局長官:まぁ法令の解釈と申しますのは、いわゆる当てはめの問題でございますけれども、まぁその意味で変更があったのかということであるならば、一部変更したということでございます
福山哲郎:一部変更ってわかりません。憲法解釈として、今回は戦後、2度目の憲法の解釈を変更したという位置づけかどうかと訊いてるんです。
横畑長官そのような位置づけであることは否定いたしません
(中略)
福山哲郎:結果として、官房から内閣法制局に具申が来たのは6月30日。閣議決定は7月の1日。つまり1日しか審査をしていない。それで、審査に対して、法制局長官さりげなく言われましたけど、どういう回答されたかもう1回お答えください。
横畑長官:えー「意見はない」旨の回答をしたところでございます。
(以下略)

コメント

木村草太:これは、横畠長官の職人技の光る答弁でした。というのはですね、今回の閣議決定は、これまでの閣議決定の内容を変更してないんですよ。じつはまったく変更していなくて、ですから、これ「当てはめの問題だ」って言ってるんですよね。解釈は変えてません。当てはめ方が変わったんです。というか、当てはめで新しい事象が返ってきたので、この場合は当てはまりますと言っただけですというふうに横畠さんはおっしゃってるわけですね。それで、なので、これまでの解釈とは変わってないので意見はないですよっていうメッセージを法律家向けに発信してるんですよ。1日で返すってことは、これまでと変わってないというふうに読みなさいというふうに、全国の法律家に向けて発信してるんですよ。
神保:暗号ですね。
木村:暗号です。
宮台:そういうことだったんですか……。当てはめの問題って意味が分からなかったんだけど。
神保:とは言えね、当てはめの問題だが、その意味で変更があったというならば一部を変更したことと言っていると。
木村:当てはめの変更は変更というのであれば、それは変更なんだよねということですね。
神保:それで福山さんが、一部変更っていうのはわけわかんないと。憲法解釈として今回は「戦後2度目の変更」の位置づけなのかと聞いたらば、そのような位置づけであることは否定しないと。これは憲法解釈変更……
木村:だから当てはめの変更だっていうふうに横畑さんがおっしゃっているので、そういうふうに変わったのかといわれる……それも含めるのであればっていう意識なんですね。
神保:当てはめの変更も憲法解釈の変更というふうに言うんであれば、と。
木村:もう、暗号なんですけどね、これ。で、だからこの閣議決定の本文の意味ってのがすごく大事で、岸田外務大臣と安部首相は、今回の閣議決定の内容を逸脱した答弁をしてると思います。
神保:その、さっきのアメリカの話っていうことですか。
木村:そう。つまり、今回の閣議決定については、閣議決定自体が憲法に反するとか、立憲主義に反するとかって批判する人がいるんですけども、私はそうではなくて、むしろ「この閣議決定を守れ、自分たちで決めたことぐらいきちんと守れ」って言っていくことがすごく大事になってくるというふうに私は見ています。
神保:つまりあてはめっていうのは、このような事例があってそれを当てはめると。それを、今の憲法解釈の範囲内だよっていうふうに当てはめるという意味での当てはめですか、この当てはめというのは。
木村:そうです。
神保:事例が当てはまるってことですね。
木村:つまり、これまでその、「我が国の存立が脅かされうんぬんが覆されるような場合については、武力行使ができる」って言ってきたんですね。じゃあそういう場合ってどういう場合ですかっていうと、我が国に対する武力攻撃が発生した場合ですっていうふうに言ってきたんですね。だから、「Aとは、武力攻撃が発生した場合です」というふうに言っていて、「じゃあ、他国に対する武力攻撃が発生することによってAが発生した場合は、どうなのか。それは当然、武力行使ができます」と答えてるわけですね。だから、この文章ってのは実はですね、要するに、我が国と他の国が同時に攻撃を受けている場合というふうにしか読めない文章になってるんですね
神保:トートロジーですね。
木村:まさにそうなんです。
神保:要するに、集団的自衛権とは何ですか、それは個別的自衛権のことですって答えたということでしょ。
木村個別的自衛権と集団的自衛権が重なってる部分については、それは集団的自衛権を行使してもよかろうっていうようなことを言っているふうに文章としては読めるんですよ。
神保:それは一応、じゃあ集団的自衛権の行使を容認したっていう表現自体は間違ってはないってことですね。重なってはいるんだから。
木村:ただこれまでもできなかったことかっていうと、じつは別に、これまでも、従来できたはずのことなんです。
神保:個別の範囲だからってことですね。
木村:個別の範囲だから。個別の範囲として説明できるものが……
宮台:ちょっと勇気が出てきたぞ。なるほど(笑)
神保つまり個別的自衛権と集団的自衛権が重なる部分を一所懸命見つけたってことですね。
木村:そういうことです。
神保:一生懸命探して。
木村:それをね、ずっとやってたんですよ。6月末ぐらいから、法制局と公明党はそのラインを探してました。で、このラインを一所懸命、自民党の政治家に気付かれないように文章上作ることを腐心して、それができてるんです。
神保:でも、政治家たちは、集団的自衛権ができるようになると思っちゃった。
木村:なったと思っちゃってるんですけれども、ああいうふうに勇気のある答弁をして、それでオーストラリアとかに行って「あんたの国も守りまっせ」って言ってるんだけれども、この閣議決定の文言どおりにやると、無理なんですよ。

メモ

 解釈とはなんぞやというのは難しく、「解釈は変更してないけど当てはめは変更した」ということの意味について深く考えるのはやめたほうがいいと思う。とりあえず大事なのは、木村氏の意見では、「できることは従来と変わっていない」という点だ。
 しかし木村氏が言ってることは本文とちょっと違う気もする。

こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った


 と書いてある。「従来の政府見解の基本的な論理」の枠内にあるので、憲法が何を目指しているかについての「解釈」は変更していないということだ。「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず……憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った」というのは「当てはめ」だという話で、それはまあ良いのだが、文言上は一応、「自国が直接攻撃されていない場合」も含むんじゃないだろうか。
 まぁ木村氏は本文だけでなく答弁とか事例集を踏まえて政府見解を見ているということだと思うので、そっちも参照すると実質的に政府が想定しているのは、木村氏が言っているような内容になるということなんだろうか。


 いずれにしても、それが「画期的」かというと、そもそも集団的自衛権だって自衛権なのだから、自国の安全にとって明白な危険がある場合しか発動されないものであり(少なくとも、文言上は)、本質的には個別的自衛と分けることにそこまで意味はないんじゃないかと個人的には思っています。たしか国連憲章でもさり気なく併記してあるという感じでしたよね。

昨日、クルーグマンの講演を聴いてきました。日本に謝りたいそうです。

 ちょうど、クルーグマンのコラムを紹介した記事が出ていましたが、じつはクルーグマンは昨日東京の有楽町で講演していて、それを聴いてきました。だいたい、同じようなことを言ってましたね。
 日立製作所主催の「イノベーションフォーラム」というやつですが、後日オフィシャルサイトに抄訳が載ったりするのかな?


 少しメモを取っていたので、思い出せる範囲でメモしておきます。一生懸命全部メモしてたわけではないし、間違ってるとこもあるかもしれないです。

  • 90年代以降の日本経済の不調が続き、はっきりいって欧米は、日本への関心を失っていた。しかしこれは間違いであった。日本の状況は欧米とべつに大きく異なるわけではなく、むしろ現在の欧米経済は過去20年の日本がたどった道を追っているといえる。
  • かつて、スウェーデンのスベンソンという経済学者、ベン・バーナンキ、そして私は、拡張的な経済政策を主張して、日本のpolicy makerたち(たとえば日銀)を批判してきた。この批判は正しかったと思うが、謝らなければならないのは、今は欧米が日本と同じ失敗を犯しているというか、それよりはるかに悪いのだ(「We have done really really badly」とか「much much worse」とか言ってた)。
  • バーナンキも、学者時代は威勢よく日銀のデフレ対策の不足を批判してたのだが、自分がFRBの議長になってみると全然できてない。ヨーロッパはもっとまずいし、スベンソンのスウェーデンでも、日本並みのデフレになっている。
  • 世界中で、ハウジング・バブルの崩壊を引き金としたデフレ化が進行しており、90年代に日本がたどった道をたどるJapanificationが起きていると言っていい。
  • 経済成長がある程度進んで行き詰まると、貿易黒字などでGDPが成長する経済から、負債によってGDPが維持される経済に変わってくる。それがバブルになってそのうち崩壊し、デフレ不況に陥るのだが、日本に続いて欧米も、そして新興国もそういう道を辿ろうとしている。80年代の日本の負債は企業のもので、欧米で起きた負債の膨張は家計のものだという違いはあるけど。

 

  • 以前は中国が貿易黒字を貯めこんでて、不均衡を作り出していたのが問題だったのだが、今はその意味で不均衡の原因になってるのはたとえばドイツだ。中国は逆に、負債をためこんでいる。
  • 今の中国をみれば、80年代の日本と同じようなパターン(成長の維持が難しくなり、負債をためこむようになり、バブルとその崩壊へ……)をたどっているといえる。それよりはるかにやばいかもしれないが。7年前までは貿易で成長してたが、今は完全に、投資によって経済が膨らんでいるという感じ。

 

  • あらためて、日本は世界にとって「useful lesson」だと思う。
  • 日本に関してもうひとつ注目すべきは、人口動態だ。日本の少子化はものすごいが、ヨーロッパも日本と同じような少子化傾向にある。12年前の日本とだいたい同じくらい(?)。日本のほうが深刻なのだが、たどっている道は同じ。
  • 欧米の場合は、低い出生率と移民の増加という組み合わせになっているのだが、日本の場合はひたすら少子化だけが進んでいるという違いがある。まあ文化的な理由だろう。

 

  • ところでイノベーションフォーラムなのでイノベーションの話を一応すると、技術は進歩してると思うのだが、生産性の向上は鈍化している。また、テクノロジーそのものより、そのテクノロジーを使って何をするかのほうが大事だ。
  • 2000年代半ばぐらいまではすごくイノベーションがあったのだが、現在、停滞から抜け出すようなイノベーションは起きていない。ある人が「昔は、そのうち自動車が飛べるようになる未来を想像したものだが、実際におきたのは、Twitterみたいな140文字のメッセージを送る仕組みが普及しただけだった」と言ってた。
  • なお、技術の洗練度についていうと、世界どこへいってもそんなに差がなくなってきているという点も大事。アメリカ人は自分がとても進んでいると思ってるのだが、アメリカにあるものはヨーロッパにもたいていある。

 

  • 民間企業のイノベーション(private innovation)も大事だが、それよりポリシー・イノベーションが大事だろう。たとえば均衡財政なんかにこだわっている場合ではないのだが、これはなかなか、要人と話してもほとんどの人が理解してくれない。
  • 日本のアベノミクスはなかなかのもんだが、言わせてもらいたいのは、これらの政策はスベンソン、バーナンキ、そして私のような学者が15年ぐらい前から言っていたことを取り入れたものだということだ。直接教えたことはないが(笑)
  • 消費税がなんたらかんたら(あまり聴いてなかった)

 
 
あと、新興国ももうダメだとか、最近出たレポートではそこの地域でも所得に対する負債の割合が上がりまくっているとか、経済が長期的に停滞するときに金利政策だけでは(ゼロ金利の制約があるので)どうにもならないという話とか、そういえば80年代って金利はかなり高かったけど経済のboomingを止められなかったよねといったことを言ってたと思うが、いまいち正確に覚えてない。

イスラム主義に関するメモ

学生時代のメモ

 学生時代につくったイスラム主義等に関するノートがみつかったので、テキストに起こしておきます。べつに専門でも何でもなく、趣味的な関心で読書した範囲でのメモなので、どこまで正しいかは不明ですが。
 だらだらと書き写しただけの部分はあまり読む意味はない気がするので、「イスラム主義に関する大雑把な理解」というまとめ部分だけ読んでもらえればいいと思います。


 なんでそんなノートを発掘したかというと、もちろん、シリアとイラクを広範囲にわたって制圧した武装勢力「イスラム国」(IS)が話題になってるからです。
 参考記事としてはこの辺がいいでしょうか。


 イスラーム国 - Wikipedia
 ISIS、カリフ制イスラム国の樹立宣言:朝日新聞デジタル
 コラム:米国が踏み出した「終わりなき戦争」 | コラム | Reuters
 北大生支援の元教授・中田考氏が語る「イスラム国」 WEDGE Infinity(ウェッジ)
 自由主義者の「イスラーム国」論~あるいは中田考「先輩」について - 中東・イスラーム学の風姿花伝


 シリアで捕まった軍事オタクの湯川遥菜とか、シリアに行こうとした北大生とかには、あまり興味ありません。が、その北大生を支援したとの疑いで捜査を受けた中田考氏は、日本人がイスラム主義について知る上では、注目すべき知識人の一人だと思っています。
 昨日は、中田考氏のインタビュー動画を2本見ました(前者は有料会員じゃないと見れないです。)


 VIDEO NEWSイスラーム国の論理とそれを欧米が容認できない理由 »
 VIDEO NEWSイスラム国へのリクルートはしていない・渦中の大学教授中田氏が再出演 »


 月会費540円を、この動画のためだけに払っても良いと思える内容ですね。
 中田氏は、日本人にあまり知られていないイスラム側の論理を初歩から解説した上で、イラクやシリアはもはや国民国家としては破綻しており、イスラム的にはその国境線にもあまり意味はないので、今後は
 ①西欧近代と妥協するグループ(これまでの体制派)
 ②それを叩き潰してイスラム主義を実現しようとするサラフィー・ジハード主義者
 ③ムスリム同胞団のように議会制民主主義の枠内でイスラム主義の実現を目指すグループ
 ④シーア派
 という4つのグループの争いという構図で展開していくだろうと言っている。
 また宮台氏は、もともと西欧の自由主義はイスラム教のような規範の根拠(神)を持たないわけだが、それを広めるためにイスラム圏を空爆するという馬鹿げた事態になっていることに触れ、西欧近代の自由主義の化けの皮が剥がれてきたと指摘している。
 イスラム側の立場を想像するのは難しいが重要なことだ。たとえば、スパイ認定されたジャーナリストの首を斬ったのは我々には野蛮に思えるが、少なくとも「公開で斬首する」ということ自体はイスラム圏では普通のこと(牧畜文化で日頃から動物の首を斬ってるので、我々みたいに抵抗は感じないらしい)で*1、見世物として一般的に楽しまれているらしい。もともとそういう文化なので、こないだ「銃殺刑」を執行したら逆に民衆から「なんでちゃんと首を斬らないのか」と批判され、将校が謝罪するという一幕もあったらしい。また、捕虜をたくさん殺したとISが自ら発表しているのだが、人権団体が調べるとじつはそんなに殺してなくて、ISはイスラム圏内部への締め付けのために野蛮さを自らアピールしている面もあるようだ。最近は欧米の「人権」文化向けのアピールも大事だと考え始めてるらしい。
 まぁISはけっこう野蛮だと私は思うけど、ある程度は「文化の違い」分も割り引かないといけないということと、後で述べるように「カリフ制に基づくイスラム国家の建設」という理念自体はさほど過激なものではないとも言える点に注意が必要だと思います。


 んで、こうした動画をみていて、「そういえば学生時代、こういうテーマの本を読んでた時期があったな〜」とか思ったので、自分のEvernoteの中を漁ってみたところ*2、「イスラム・テロ関連メモ」とか「パレスチナ問題 暗記用」と題された手書きメモが発掘されました(笑)
 学生時代(十年ぐらい前)、イスラム関係の本をまとめて読んだ時にメモをつくっていて、それが本棚にあったのを一昨年ぐらいにScanSnapでスキャンしてEvernoteに放り込んでたものですね。
 これを見ると、中田考氏が2001年に出版された『ビンラディンの論理』(小学館文庫)って本も、私は学生時代に読んでたようです。その他いくつか本を読んで、気に留まったことをノートにまとめてたみたいです。
 私の字は汚くて、手書きだとEvernoteに入れていてもOCRで認識されないため、テキストに起こしました。それを以下、貼り付けておきます。*3


 たとえばですが、ファラジュというイスラム主義思想家についてのメモに出てくる、

 カリフ制の施行は、ムスリムの義務であると主張。カリフ制とは、アッラーの統治の地上における確立を意味する。
 カリフ制の復興には、その中核となるイスラム国家の樹立が不可欠である
 イスラム国家を樹立するためには、現在の為政者を放伐するジハードが必要である。
 しかもこのジハードは「防衛ジハード」(イスラム法解釈上、攻めのジハードと守りのジハードは分けられるらしい。)にあたり、すべてのムスリムが個人として義務を負う戦いである。


 という主張なんかは、イスラム国の運動を理解する上でも大事なんじゃないかと思いました。(あくまで私のメモではファラジュのところに出てきたというだけで、多くの人が同じこと言ってるみたい。)

イスラム主義に関する大雑把な理解

 メモのテキスト起こしを貼り付ける前に、自分が大学生のときにイスラム原理主義とかパレスチナ問題とかについて読書した際に、大雑把に言ってどう理解したのかを、思い出しながらメモしておきます。それ以降深くは勉強してないので、正確さにはそんなに自信はないですが。
 イスラム国(IS)の運動を理解する上でもけっこう大事な知識であるように思うので、ISの件にも触れながらまとめることにします。


 まず、イスラム教社会においては「聖」と「俗」の距離が近く、「宗教」と「生活」や「政治」が一体化しやすいということを理解する必要がある。イスラム教の教義は、キリスト教などと比べても、日常の生活習慣などをかなり具体的に規定している。酒飲むなとか、断食しろとか、カネ貸しても利子取るなとか。だから「政教分離」という考えにも馴染みにくく、基本的には「信仰」と「生活習慣」や「社会・政治・経済システム」を一貫させるのが当たり前であるとみなされる。


 そういう話を聞くと、我々は何となく「イスラム=未開社会」といったイメージで捉えてしまいがちなのだが、イスラム教においては「法」というものがかなり高度に発達してきた歴史があることに留意しなければならない。
 仏教やキリスト教ぐらしか知らない日本人からすると、「イスラム法」なんて言われても、「おいおい、宗教者が法律を語るのかよ」って感じで怪しいもののように思ってしまうのだが、イスラム法はそんないい加減なものではないらしい。7世紀以来、イスラム教徒には、「コーラン」と「ハディース」(聖者の伝承集みたいなやつ)に示された「法」を解釈することを通じて、現実の政治上・生活上の問題を解決してきたという長い歴史の積み重ねがある。その法解釈学も学問的に高度に発展していて、けっこう現実的であると
 私は内容をよく知らないが、我々の社会における「法律解釈」「憲法解釈」なんかよりもある面では歴史も長く、一貫性・体系性が高いのかもしれない。この、イスラム法体系のことを「シャリーア」と呼ぶ。
 どんな世俗の行為にも必ず「価値判断に基づく選択」が伴い、価値判断の根拠は突き詰めると「信仰」としか言いようのないものも多く、個人的には「聖と俗の一貫性」を重んじる態度自体は正しいもののように思える。(逆に言うと、宗教から自由であるように見える「合理主義」だって、一種の信仰にほかならないと言える。ただしそこには敬虔さがないが。)


 そういう歴史的背景を持っているので、「イスラム法(シャリーア)に基づく政教一致の社会秩序」というのも、我々がイメージするほど非現実的ではないのかもしれない。
 我々の社会は、宗教の教義を発達させて政治や生活上のルールを作り上げるという積み重ねを持たなかったので、教義はけっこう抽象的で精神性が強い。そういうもので政治や生活を律しようとすると当然無理が出てくるのだが、イスラム教の教義は逆に、「現実の生活に使える」度合いがもともと高いということだ。
 たとえば「神道の教義に基づいて殺人犯を裁く」とか「キリスト教の教義に基づいて政治家の汚職事件を裁く」とか言っても、ブレが大きすぎて収拾がつかないだろう。しかしイスラム教はその収拾をつける努力をしてきた歴史を持っているわけである*4
 イスラム教ではウラマーと呼ばれる法学者が非常に活躍するのだが、これはコーランやハディースに書かれていることを解釈して現実の状況にどのように適用すべきかを考える人たちで、我々の社会でも裁判官・学者・役所が同じことをやっている。憲法や法律は抽象的にしか書かれていないので、目の前で起きた「今回の事案」についてどう判断すべきか、法令、判例、学説をたくさん集めて総合的に「解釈」を施すわけだ。


 また、今でこそアラブ諸国は後進国みたいになっているが、もともとはとても進んだ文明を持っていた。ウマイヤ朝やアッバース朝の時代から、13世紀に生まれて20世紀に滅びるオスマン帝国まで、イスラム国家は世界史上の大勢力であり続けてきた。アリストテレスなど古代ギリシア時代の学問が、西欧ではなくイスラム圏で温存され、それが近代になって西欧に逆輸入されたというのも有名な事実である。
 ただ、イスラムの教義はけっこう保守的なので、イスラム圏の人たちの文化はどうしても「資本主義」や「民主主義」になかなか馴染めない構造になっている。キリスト教は、人々の生活を律するルールに関して細かい指示をしない宗教であり、聖書を読んで祈ってればOKなので*5、あまり宗教的教義に縛られることもなく世俗パワーを追求し、一気に近代化できた。一方、イスラム教は教義が具体的であるために、それが難しい。また、もともとイスラム教圏はとても平等主義的な社会だったので、格差を許容する資本主義とは馴染みにくいと同時に、民主主義をことさらに追求しようというモチベーションも生まれにくいという事情もあるらしい。


 ところで、オスマン帝国においても、けっこういろんな宗教や民族が混じっていたし、巨大な帝国であったので、イスラム法が厳密に施行されていたわけでもなく、そういう世俗的な政治体制と宗教的な理想のあいだの葛藤は、常に存在したのだろう。何しろ元祖イスラム主義者であるイブン・タイミーヤは13世紀の人で、イルハン国の君主を「イスラムに改宗したけどあんなのはまがい物だ」とdisっていたらしい。
 また近代になると、帝国主義で西欧の列強が入植してきて、勝手に土地を分割していった。そういう欧米と結託するイスラムの為政者もいたし、ある程度は資本主義・民主主義・近代科学を導入しなければ国が滅びてしまうという状況にもなってきた。それで、イスラム圏の内部でも「近代化」(西欧化)を志向する人たちが、政治的には実験を握っていった(とくにエジプトなど)。
 しかし、教義と生活習慣が密接に関連しているイスラム教徒にとって、イスラム教を信仰しながら西欧近代に順応していくというのは、やはりどこかで無理が出てくるものあった*6。それで、まずエジプトで、世俗化・西欧化を志向する為政者に対して「イスラム法をきちんと守れ」と主張するイスラム主義運動が起こってきたわけである。


 ここで大事なのは、イスラム原理主義というのは、べつにアメリカ人など異教徒の文明を攻撃するために生まれた運動なのではなく、もともとはイスラム圏内部の「背教者」を攻撃するための運動であるということである。
 また、確かに過激な組織も多いものの、もともとは単に「信仰」と「生活習慣」や「社会制度」を一貫させたいというだけのモチベーションでやっているのであって、実際に信仰と生活を結びつけるイスラム法の高度な体系を持ってもいるので*7、彼らの主張自体が狂気じみているかというとそんなことはないだろう。ムスリム同胞団のように、穏健なイスラム主義組織もあるし。
 イスラム国家が誕生すると異教徒が排除されたり、信教の自由とかが存在しない息苦しい社会になるのではないかとも想像されるが、実際にはイスラム教も長い歴史の中で、異教徒との関わりを持ちながら法体系を発達させてきたので、中田考氏の解説によるとけっこう柔軟なようだ。異教徒は単に「無知者」とみなされるだけで、無知者にはイスラム教上の義務が発生しないので、べつにイスラムの教義に反することをしていても罰せられないとかね。
 いま暴れまわっているイスラム国(IS)は、けっこう野蛮だと思うし、統治能力もないんじゃないかと思う。あくまで、その目指しているところのものは過激なものではないよねというだけだ。


 ISは「カリフ制」を施行するために国らしきものを作っているわけだが、カリフ制というのは言ってみれば、信仰と一体化した行政・司法システムのことだ。何か問題が起きた時に、カリフを頂点とするイスラム法学者の組織が議論を重ねて、イスラムの教義上どうするのが正しいのかを判断していく。カリフは預言者ではなくあくまでその代理人なので、超越的な権威はなく、いわば首相みたいなものである。
 これはイスラム教の教義上どうしても必要とされているものであって、「カリフ制を敷いていない現在のイスラム社会は、アッラーの意思に反しており、とてもまずい」という意識は、宗派の壁を超えて広くイスラム教徒に共有されていたらしい。
 イスラムの教義からすれば、欧米的な意味での国民国家という単位はどうでも良いし、ましてや欧米諸国が入植してきて勝手に引いた現在の国境線なんてどうでもいい。だからまぁ、カリフ制に基づく大きなイスラム国家を建国するというのは、必然といえる面もあるんだろう。
 また、定義にもよるとは思うが、民族的・文化的なまとまりとしての共同体(ネーション)と、政府を中心とする行政機構としてのまとまり(ステイト)を、なるべく一致させるように作られてきたのが「ネーション・ステイト(国民国家)」である。そう考えると、「カリフ制に基づくイスラム国家」というのも、欧米的な国民国家と全く異なるわけではなく、「そういう国民国家」が誕生するだけだとも言えるかも知れない。欧米主導で作られてきた国際法の秩序とは合わないところが出てくるとは思うし、そもそも宗派間の対立が結構あって統合も難しいだろうけど。


 なお、パレスチナでもテロが起きているが、これはイスラム主義の問題というよりはユダヤ人との軋轢の問題だ。欧米と妥協するかイスラムの立場を貫くかという意味では似てるかもしれないが。パレスチナ問題は、アラブにもイスラエルにもそれなりに言い分があって、解決方法はなかなか見つからないと思われる。

イスラム・テロ関連メモ

 以下、学生時代のメモを書き写しておきます。イスラムのテロの背景→イスラム用語集→イスラム主義の人物や組織の概要の順です。

イスラムのテロの背景

 藤原和彦の『イスラム過激原理主義』や中田考『ビンラディンの論理』を読んでのメモ。
 イスラム原理主義組織はエジプトで生まれたのだが、彼らのそもそもの目的は、シャリーア(イスラム法)をきちんと施行するイスラム国家の確立にある。*8
 したがって、もともとイスラム原理主義の「敵」は、アメリカとか異教徒ではなく、反・シャリーア的な国内政権であった。だから、アメリカをはじめとする欧米諸国は、アラブから手を引けば、確実に「テロの対象」からは外れるといえる。
 
 
 イラクのこれからの統治について。
 「イラク民主化」というが、イラクの民主化という言葉が何を意味するかといえば、それはイラクの「イスラム主義化」にほかならない。例としては、92年のアルジェリアの民主化が参考になる。*9
 イスラム教徒の民意は、シャリーアの適正な施行にあるのであって、西欧的な意味での民主主義が望まれているわけではない
 アラブの独裁政権は逆に、国内のイスラム主義者を非民主的な手段で抑えこむことによって、欧米との交易・対話を可能にしてきたと理解する必要がある。


 イスラム主義は、エジプトなどで学問的にどんどん成熟してきたという歴史がある。教育が大衆化したことにより、大衆的にもイスラム主義が広がっていった。
 イスラム主義においては、欧米型の民主主義は望まれない。20世紀には、欧米とのつながりを重視する非シャリーア的政権運営と、民衆に広まったイスラム主義が対立するようになった。
 政権はこの民意を弾圧してきた。となると、イスラム主義者側には武装闘争しか道がなくなる。政府はあくまで弾圧してきたので、武装闘争も激化していった。

イスラム用語の語源・原義

シャリーア(シャルウ):イスラム法秩序のことを意味するが、もとは「水場への道」の意味。つまり砂漠のなかで、水飲み場へと通じている主要な道路のこと。これが転じて、貴重な場所に通じる道の意味となり、そこを歩んで行きさえすれば、決して誤りのない道という意味になる。


イマーム:シーア的霊性の最高権威者で、原義は「前に行く人」「先導者」。スンニ派では、金曜礼拝の儀式の指導者を指し、用語としてややこしい。スンニ派の最高権威者には「カリフ」という用語が使われる。


カリフ(ハリーファ):スンニ派において、イスラム世界の統治を司る最高権威者であり、「預言者の代理人」を意味する。要は、ムハンマドが死んだあとに、アッラーの意思についての解釈を行う上での元締めのような役割。


ウラマー:アーリムの複数形で、「知者」の意味だが、学問的・理性的に物事を考えて知る人を指す。
ウラファー:アーリフの複数形で、これも「知者」の意味だが、非理性的な直観、霊感によって事物の深層を知る人を指す。


スンニ派(スンナ派):スンニとはもともと習慣という意味で、イスラムの教義として定められた生活習慣をきちんと履行することに重きをおく。
シーア派:シーアとはもともと党派という意味で、これはアリーの党派(シーア・アリー)から来ている。ムハンマドの親戚であったアリーとその子孫が「イマーム」としてイスラム共同体を指導しなければならないと考えている。ただし、イマームは途絶えてしまって存在しないことになっている。


イジュティハード:意味は『コーラン』や「ハディース」を個人が自由に解釈して、法的判断を下すこと。原義は「努力。ハディースというのは、「伝承」「聖伝承」のことで、コーランとともに、イスラム教の教義の根幹をなしている。

人物:アハメド・イブン・タイミーヤ

 1263年〜1328年。
 イスラム主義の思想家として最も重要。*10
 「ウンマ内部のジハード」論を初めて唱えた。ウンマとは、イスラム社会のこと。
 イブン・タイミーヤ以前は、ムスリムである支配者への反乱は、いかなる専制者に対しても禁止されていた。
 イル汗国のモンゴル人支配者はイスラム教に改宗したが、当時ダマスカス(現在のシリアの首都)でシャリーア教授をしていたイブン・タイミーヤは、「イスラムの本質を欺く専制者である」として非難した。
 当時、トルコ人やモンゴル人などがイスラム世界に流入していたが、単に信仰告白を唱えるだけで、一人前のイスラム教徒であると認めていいんだろうか?という疑問が、ムスリムの間に起こっていた。
 そこでイブン・タイミーヤが、「信仰告白を行っても、その言動がシャリーアに背くならば、ジハードの対象となる」と宣言し、「内部のジハード」論を主張した。
 これにより彼は、「過激原理主義の祖」と呼ばれる。

人物:サイイド・クトゥブ

 ビンラディンも「2人の師」の1人として挙げている、エジプトのイスラム主義思想家(会ったことはないらしい)。
 獄中で著した『マアーリム・フィー・アッタリーク(道標)』の中で、「ジャーヒリーヤ論」を展開した。
 もう一つの理論は「神の主権(ハーキミーヤ・リッラーヒ)論」。


 ジャーヒリーヤ論は、イスラム過激原理主義の中核思想。ジャーヒリーヤとは「無知・無明」の意味で、イスラム強化以前のアラビア社会のこと。1200年にわたって、ジャーヒリーヤ社会は消滅したものと考えられていたが、クトゥブは、世俗主義のナセル大統領がムスリムを弾圧しているエジプト社会はジャーヒリーヤにほかならないと断罪した。
 「神の主権」論は、西欧の主権在民(ハーキミーヤ・バシャリーヤ)を否定したもの。
 
 
 1906年、上エジプトのアシュニトの富農の家に生まれる。
 公務員になるが、詩・評論で名を馳せる。
 1949年〜51年にアメリカに留学し、アラブ・ムスリムに対する偏見と、アメリカ社会自体の道徳的頽廃を目の当たりにし、反欧米感情を強める。
 帰国後まもなく、「ムスリム同胞団」に加入。すぐにチーフ・イデオローグとなった。
 1954年に、同胞団員がアレクサンアドリアでナセル大統領を襲撃。ナセルは同胞団を大弾圧し、クトゥブも逮捕された。
 1964年、獄中で『道標』を著し、出版される。
 同年、恩赦で釈放されるが、65年8月に、煽動罪で再び投獄される。法定で「ジャーヒリーヤ」論を説き続け、66年8月29日に獄中で処刑された。
 1982年、同胞団の第三代総ガイド、オマル・テルミッサーニが、「クトゥブはムスリム同胞団を代表していない」と絶縁を宣言。

人物:ムハンマド・アブド・アル=サラーム・ファラジュ

 ムハンマド・ファラグとも呼ばれる。
 ジハード団の理論家である。1980年にジハード団のメンバーになった。
 自分の思想をまとめた小冊子『隠された責務(アル・ファリーダ・アル・ガーイバ)』を配布して、以下のように主張した。


 カリフ制の施行は、ムスリムの義務であると主張。カリフ制とは、アッラーの統治の地上における確立を意味する。
 カリフ制の復興には、その中核となるイスラム国家の樹立が不可欠である。
 イスラム国家を樹立するためには、現在の為政者を放伐するジハードが必要である。

 しかもこのジハードは「防衛ジハード」(イスラム法解釈上、攻めのジハードと守りのジハードは分けられるらしい。)にあたり、すべてのムスリムが個人として義務を負う戦いである。


 為政者は、イスラムの教えに背くことでクフル(不信仰)に陥り、支配の正統性を失っている上、敵の「カーフィル」(不信仰者)に転化する。
 彼らが支配しているのだから、彼らはムスリム社会に対する侵略者であるといえ、為政者に対するジハードの義務がムスリム全員に生じているのだ。
 更に、イスラム法では、

  1. 背教者へのジハードは、生来のカーフィル(不信仰者)へのジハードよりも優先される
  2. 遠くの敵よりも、近くの敵へのジハードが優先される

 と定められているので、まず自国の為政者と戦わねばならないのである。  

ムスリム同胞団

 イギリス支配から脱却を目指す民族運動が高まった1928年、エジプトの中学教師であったハサン・アル・バンナーが結成した。
 現代イスラム原理主義の先駆といえる。
 「イスラムこそが解決の道」をスローガンに、西欧文明とは異なる「イスラム社会」化の徹底を目指す。
 しかし、テロは基本的に否定。非合法組織ではあるが、エジプト最大の政治勢力である。バンナーは、1949年に秘密警察により暗殺された。

組織:ジハード団

 1960年に創設(かな?)
 創設者は、ナビール・アル=ブライー。
 思想的原点は、当時イスラム法を施行しなかったタタール(イル・ハーン国)へのジハードの義務を説いたイブン・タイミーヤ(1263〜1328)のファトワー。(ファトワーとは、イスラム法学者による勧告のこと。)
 1968年に、武器を調達し、軍事訓練を開始。
 1973年の第4次中東戦争(ラマダン戦争)のときに、対イスラエルの前線に向かい、軍との接点を持つ。
 イサーム・アル=カマリー陸軍少尉が入団し、以後、国軍に浸透していく。
 

組織:タクフィール・ワ・ヒジュラ団(断罪と逃亡団)

 サイイド・クトゥブの「ジャーヒリーヤ論」を初めて実践した団体。
 創設者はシュクリ・ムスタファ。
 シュクリは「ムスリム同胞団」のメンバーだったが、1965年のナセル大統領による同胞団弾圧で逮捕・投獄された。
 ほかのメンバーがあっさり拷問に屈したので、見切りをすけて、獄中で自ら「断罪と逃亡団」を結成した。


 1971年に釈放された。以後、組織を拡大していった。
 ジャーヒリーヤに汚染されていない諸地域に逃亡(ヒジュラ)して勢力を拡大し、エジプトに凱旋してイスラムを改革するというのが理想であったが、仲間の一部が砂漠生活に耐えられず帰郷していった。これを連れ戻そうと追いかけたメンバーが警察につかまった。サダト政権の有力者(元宗教財産相のザハビー氏)を誘拐し、人質にとって、仲間の解放を要求したが、拒否されたので、ザハビー氏を殺害。ザハビーの両耳を切って治安当局に送りつけた。
 サダトに弾圧され、204人が逮捕。1978年3月に、シュクリら指導部4名が処刑された。

組織:イスラム集団

 1970年代、上エジプトの各大学に存在した原理主義学生グループの連合体として発足した。
 指導者の大卒メンバーのほとんどが、医・工・農といった一般学部の卒で、イスラム関係学部出身者はほぼ皆無であった。
 指導部の大半は、80年代にソ連軍と戦った「アラブ・アフガンズ」。
 1979年3月にエジプトのサダト政権がイスラエルと単独和平を結んだことや、1979年1月と80年3月に元イラン国王パーレビの亡命を受け入れたことに怒り、イスラム集団は「サダト政権妥当」を決意した。
 

組織:暗殺教団(ヨーロッパでは「アサシン」と呼ぶ)

 イスラム教のイスマイール派から生まれたニザール派というグループに属する。
 イスラムの教えに背くムスリム、特に権力者に対しては、大麻(ハッシシ。アサシンの語源)を使用した暗殺手法で、次々に排除していった。
 

ヒズボラ(ヒズブ・アッラー=神の党)

 レバノンのシーア派組織。
 1983年10月23日に、内戦に乗じてレバノンの駐留していたベイルートの米海兵隊本部に、爆弾を積んだトラックで突っ込み、ビルを倒壊させ、241名の海兵隊員を死傷させた。
 これを機に米軍はレバノンから手を引いた。
 その後、対イスラエル武装闘争を断続し、2000年5月には1982年以来レバノン南部を不法占拠してきたイスラエル軍を追放。

組織:ハマス

 パレスチナの原理主義組織。
 (これだけしかメモに書いてなかったw)

組織:イスラム聖戦

 パレスチナの最強硬派。

宗派:ワッハーブ派

 18世紀半ばに、ムハンマド・イブン=アブドゥル=ワッハーブ(1703-1792)が創始した。
 彼は各地を遍歴するなかで、ウンマ(イスラム社会)の衰退を目の当たりにし、それは原始イスラームが中世のスーフィズム(イスラム神秘主義。密教みたいなやつ)に汚染されたからだと考え、コーランとスンナ(慣習)による純粋な古典イスラームへの回帰を目指した。
 一豪族であったサウド家のムハンマド・イブン=サウードと組んで、聖樹・聖石・聖者の廟などを破壊。(偶像崇拝だから?)
 オスマントルコのスルターン(君主)の命により、エジプト=トルコ連合軍が1818年に鎮圧した。
 まもなく復活するが、エジプト軍の攻撃とサウード家の内紛により崩壊。今日のサウード王国(サウジアラビア)が成立するのは1920年代。

パレスチナ問題 暗記用

 以下、パレスチナ問題についてメモっていたのを書き写します。
 あくまで単なる大学生のメモなので、勉強のためにはWikipedia(パレスチナ問題 - Wikipedia)を読むことをおすすめしますが。

前史

 西暦70年 ローマ軍の迫害により、ユダヤ人のディアスポラ(離散)
  ↓
 中世以降 キリスト教徒による迫害。
  ↓
 19世紀末 ロシアを中心に「ポグロム」と呼ばれる迫害。
 1897年 シオニスト会議はじまる。

第1次世界対戦(1914〜)

 オスマン帝国がドイツ側にまわったため、英・仏・露はオスマンの支配下で独立を狙っていたアラブ民族に反乱を促す。
 メッカの知事フセインが、イギリスのエジプト高等弁務官アーサー・マクマホンと往復書簡を交わし、「反乱」と「アラブ諸国の独立承認」で取引合意(フセイン・マクマホン往復書簡)
  ↓
 1916年6月 メッカのフセインは、オスマン守備隊を攻撃。このときアラブ軍に加わってイギリスとの連絡にあたったのが、「アラビアのロレンス」として知られるトーマス・エドワード・ロレンス。
しかしイギリスは、「アラブ独立」という約束を果たさない。
  ↓
 1916年5月 英仏が、大戦後はオスマン帝国の支配地を分け合うという密約を結ぶ。(サイクス・ピコ協定)
  ↓
 1917年11月 イギリス外相アーサー・バルフォアがイギリス国内のユダヤ人・シオニストグループの代表に、「イギリス政府はパレスチナにユダヤ人のNational Home設立を支持する」との書簡を送る。(バルフォア宣言)
 イギリスとしては、中東を支配するにあたって、植民地経営を成功させるために、イギリス側に立ってくれるユダヤ人をパレスチナに入れようとした。
  ↓
 ユダヤ人のパレスチナ移住が加速。

第1次世界大戦後

 イギリスはフランスとのサイクス=ピコ協定を重視。中東を分割統治する方向へ。
 1919年パリ講和会議では、アラブ代表ファイサル(先のフセインの息子)がシリア、イラクの独立を宣言するが、英仏は不承認。
 アラブ側が反乱するが、即鎮圧される。
 ↓
 不満を抑えるため、イギリスの制作で、広大なシリアからレバノン・パレスチナ・トランスヨルダンが分割される。
 1927年にはイギリスの承認でサウジが独立。エジプト、イランも独立。

第二次世界大戦後

 ナチスのホロコーストもあり、国際世論はユダヤ人に同情的に。
  ↓
 この流れに乗って*11、ユダヤ人のパレスチナ移住が急加速。テロもやる*12。イギリスの手にもおえなくなる。
  ↓
 1947年11月29日、国連がパレスチナ分割決議。
 これは、パレスチナの56%をユダヤ人国家、43%をアラブ国家、残り1%=エルサレムは国際管理地区とするという案。
 イスラエルは独立し、米ソはこれを支持した。
 しかしパレスチナの56%がユダヤ人のために分け与えられるという案に、アラブ人は怒った。
 

第1次中東戦争

 1948年5月15日、エジプト、トランスヨルダン、イラク、サウジアラビアが、イスラエルを攻撃。シリア、レバノンもこれに加わる。
 兵力はアラブ15万、イスラエル3万だったが、イスラエルのほうが有利に戦った。
  ↓
 1949年6月、国連の停戦決議受け入れ時に、イスラエルの国土はパレスチナの77%にまで拡大していた。
  ↓
 エルサレムは東をトランスヨルダン、西をイスラエルが管理。パレスチナの残りはヨルダンとエジプトが分割統治。
 
 

第2次中東戦争

 1952年、エジプトでナセル革命。
 ナセルはアラブ民族主義者で、英仏が経営していたスエズ運河を国有化。イスラエル船の航行を禁止し、ソビエトから武器を購入。
 これにより、エジプト⇔イギリス・フランス・イスラエルのあいだが緊張する。
  ↓
 1956年10月、イスラエルとエジプトが戦闘を開始する。
 わずか3ヵ月でイスラエルがシナイ半島を制圧。
  ↓
 長期化するとソ連が介入してくるので、アメリカが圧力をかけてイギリス・フランス・イスラエルを撤退させ、PKF(平和維持軍)を投入した。
  ↓
 なお、1964年、アラブ諸国はPLO(パレスチナ解放機構)を結成した。

第3次中東戦争

 第2次中東戦争のあとも、ユダヤ人のイスラエル移住は増える一方。
 イスラエルはゴラン高原(非武装地帯とされていた)にも入植を開始した。
  ↓
 1967年4月、シリアとイスラエルの間で銃撃戦が起きた。
 シリアはエジプトに援軍を要請。ナセル大統領は兵力をシナイ半島に集め、PKFを撤退させた。
 しかしイスラエルの専制奇襲によって、エジプト軍は壊滅。シリア、ヨルダン、イラクに対しても攻撃。その後もアラブ軍は地上戦で敗戦を続ける。
  ↓
 イスラエルは、エジプト領シナイ半島及びガザ地区、ヨルダン領のヨルダン川西岸、シリア領のゴラン高原を占領。6日間で戦闘は終結。
 ヨルダン川西岸とガザ地区はイスラエル領となり、これでパレスチナ全土がイスラエルのものになった。
  ↓
 翌年、アラファト議長率いるファタハが、イスラエル・ヨルダン国境でイスラエルと戦う。メンバーが1万人に増え、PLOを乗っ取る。アラファトが議長に。
 エジプトはPLOを承認。ソ連もこれを支援。反イスラエルのアラブ諸国と、反米の共産主義グループなども支援。
 しかし危ないので、ヨルダンのフセイン国王はこれを掃討した。PLOはレバノンへ逃げる。
  ↓
 レバノン国内で、パレスチナ人(イスラム教徒)とキリスト教徒の内戦が勃発。

第4次中東戦争

 1973年10月6日 スエズ・ゴラン高原でアラブ軍がイスラエル軍を奇襲。緒戦はアラブ側に有利に展開(ソ連の支援があったので)
  ↓
 しかしアメリカがイスラエルを支援したので、結局、イスラエルの支配地域は変わらず。
  ↓
 この戦闘後、オイルショック
  ↓
 1977年11月19日、エジプトのサダト大統領がイスラエルを訪問。
 1978年 キャンプデービッド合意(米カーター大統領の仲介により)
 1979年3月26日 エジプト・イスラエル平和条約が締結され、エジプトがシナイ半島を回復。
  ↓
 エジプトはアラブ諸国と国交を断絶
  ↓
 1981年10月6日 サダト大統領が暗殺される。
  ↓
 1989年12月 ガザ地区でパレスチナ人の車両2台とイスラエル軍のトレーラーが衝突死、パレスチナ人4人が死亡する事件が起きた。
 この葬儀で暴動が起きた。これがいわゆる「インティファーダ」(抵抗運動のこと)の始まり。
 

湾岸戦争後

 アメリカが仲介しようとするが、失敗。
 国際中立国ノルウェーのホルスト外相の仲介により、
 1993年9月 オスロ合意
 1993年9月13日 ホワイトハウスでアラファト議長(パレスチナ)とラビン首相(イスラエル)がパレスチナ自治承認の調印。パレスチナ側は敵対行為を放棄することと引き換えに、1999年5月にはパレスチナ独立国家をつくろうという約束*13
  ↓
 その後、イスラエルの入植地域からの撤退が進む
  ↓
 1996年1月 パレスチナ自治区内で、パレスチナ立法評議会選挙が行われ、アラファト議長がPLO議長に。(ただし、1995年11月にラビン首相はパレスチナ自治反対派の学生に暗殺されている)
  ↓
 ペレス首相(イスラエル)就任
  ↓
 1996年 ネタニヤフ首相(強硬派)就任。イスラエル軍の撤退は中断され、ユダヤ人入植地が拡大していく。
  ↓
 パレスチナ側はテロで応じる。
  ↓
 1998年10月 米クリントン大統領が仲介に入る。(1999年5月のパレスチナ独立は断念)
  ↓
 1999年7月 バラク首相(和平派)が就任。交渉が再開したが、合意はできず。主にエルサレムの帰属問題がネックとなった。
  ↓
 2000年9月28日 イスラエルでは、リクード(政党名)の党首シャロンが、パレスチナ側が権利を主張する東エルサレムの聖地、神殿の兵を訪問。
 パレスチナ側のインティファーダが再開し、バラクは失脚。
  ↓
 2001年2月6日 シャロンが首相に。
 以降、テロ、暗殺の応酬が続く。
  ↓
 「9・11」テロ後の9月26日、ガザでパレスチナ・イスラエルの停戦合意。しかしその後も戦闘は散発し、合意は危機に。 

留意点

 これらのメモは、大学生のときに一時期、イスラムとか中東問題に関する本を十数冊買ってきてまとめて読んだときにつくったものです。
 また、Evernoteの中から、藤原和彦『イスラム過激原理主義』、中村廣治郎『イスラームと近代』、小室直樹『日本人のためのイスラム言論』、小室直樹『アラブの逆襲』といった本の要点をメモった紙もみつかったのですが、タイピングが疲れるのでテキスト起こしはやめておきます。
 井筒俊彦の本のメモが見つかったら起こしておこうとも思ったのですが、これは見つからず。岩波文庫の『イスラーム文化 その根柢にあるもの』とか、すでに古典ですよね。
 
 
 私はべつに深く勉強したわけではなくて、大学生のときにイラク戦争などが勃発し(2003年)、ニュースとかで話題になっていたのでちょっと本を読んでみた程度のものです。正確かどうかはあまり自信が持てませんので、Wikipediaとかを見てもらったほうがいいとは思いますね。
 ただ私自身は、自分でメモったものなので、これを再度書き写していると記憶が鮮明になってよかったですw

*1:捕虜を殺すのもイスラム法では認められている

*2:ここ数年、家の本棚にあるものはなるべくScanSnapでスキャンしてEvernoteに放り込み、紙は捨てるようにしています。私のEvernoteにはイロイロ放り込まれているので、自分でも何を入れたかあまり覚えてないのですが、検索で掘ると昔保存して忘れていた資料が見つかったりして、刺激になることがありますね。

*3:メモには出典(どの本の何ページに書いてあったか)もある程度書いてありましたがめんどうなので省きました。

*4:具体的にどういうものかは私はほとんど知らんけど。

*5:あまり簡単に言い過ぎると怒られるだろうけど

*6:ただ、中田考氏も言うように、大多数の民衆は単に生きていければよくて、そこまでこだわりはないのかも知れないが。

*7:私は中身を知らんけど

*8:イスラム法というのは、我々がイメージするよりもかなり根深くイスラム教徒の心理や文化を規定している。自分たちの伝統文化に則った社会を作りたいという、単純で素朴な気持ちを、想像する必要がある。

*9:これ、いまの「イスラム国」現象を理解する上でも大事な指摘だったと思う。

*10:中田考氏も、もともとイブン・タイミーヤの研究者だったらしい。

*11:元のメモでは「調子に乗って」と書いていたが、べつにユダヤ人に批判的な意味ではなく、大学生だからノリがわかりやすいように書いてたのだろう。

*12:意味がよくわからない。ユダヤ人もテロをやっていたということか。

*13:いまウィキペディアの「オスロ合意」の項と見比べたら少し違うが。

慰安婦問題は歴史のテーマとしては“マニアック”

そもそも重要な問題なんだろうか

 従軍慰安婦問題について、なんか朝日新聞が「誤報」を認めたとのことで盛り上がってましたが、個人的にはもうあまり興味がもてないですね。*1
 十年以上前になりますが、まだ私が19〜20歳ぐらいだった頃にいわゆる「歴史認識問題」が盛り上がっていて、そういう本をたくさん読みました。その頃は「マスメディアと教育によって『自虐史観』を刷り込まれてたらしい」とか思って腹が立ったりもしましたね。
 しかし1年半ぐらいそういうのを読んでると飽きてきたというか、保守系のメディアで言われてることもなんか単純すぎるような気がしてきて、「怒ったりする前にいろいろ幅広く勉強したほうがいいわ」という感じになり、論争的なものは読まなくなりました。また、9.11とかイラク戦争とかがあって、「ウヨ vs サヨとかやってる場合ちゃうやん」という感じになってきたってのもあります。


 で、今年久しぶりに慰安婦問題が盛り上がっているのを見て、まあ私も昔、読者として盛り上がってたので気持ちは分かるのですが、すでに興味が冷めているのに加えて、「そもそも慰安婦問題って、そんな重要な問題か?」っていう疑問が大きすぎて、細かい事実関係の情報とかを読む気がしないですね。
 昔、「新しい歴史教科書をつくる会」が元気に活動してた頃、藤岡信勝という学者が「朝まで生テレビ」で、次のような趣旨のことを言ってました。

 私は、従軍慰安婦問題というのは、確かに議論してもいいとは思うんですが、大東亜戦争の歴史全体から見れば小さな問題であって、中学校や高校の歴史の授業で教えるほどのものではないだろうと思います。
 歴史学にはいろいろ面白いテーマがある。たとえば日本の中世のトイレについて調べた研究とかがあって、個人的にとても面白いと思うのだが、そんなマニアックな話は大学で歴史を専門とする人が勉強したり研究したりすればいい。
 従軍慰安婦問題というのも本来はそういう種類のテーマであって、大学で専門家が大いに議論したらいいと思うが、中高の教科書に載せる必要はないでしょう。


 ・・・という話をしたところ、左派の人から「藤岡は慰安婦を便所みたいなもんだと言っている。女性の人権を何だと思っているのか」と怒られたことがある。そういう意味でいってるんじゃないだけど。


 私がおおよその意味を思い出して書いてるだけなので、実際のセリフはこの通りではないのですが、結局、こういう感覚が正常だと私は思うので、国民的レベルで議論するようなことではない気がしますね。

慰安婦問題のイメージ

 もう細かいことは忘れたのですが、たしか昔いろいろ読んだ感じだと、従軍慰安婦問題が最初に話題になったときは、「日本軍が朝鮮人女性を誘拐してきてむりやり軍人相手の売春に従事させていた」みたいなイメージで語られていたんだったと思います。それだと確かに、日本軍というのは世界的にも稀なレベルの犯罪集団だったと言われてもしかたないのかも知れませんね。
 ところが、いろいろ事実関係を検証していくとそんなことはないことが分かって、むしろ民間の事業者が慰安婦を募集して、軍人相手に商売をして儲けていただけであると。日本軍はそれを公認していて、とくに性病とかの危険があるので衛生管理はしっかりしなきゃということで、けっこう積極的に管理・監督を行っていた。そして日本軍の慰安所は、他の国の軍隊の慰安所と比較したときに、特別悪いものでもなく、むしろ規律はしっかりしている方であったのだと。
 それでも、


サヨク「いやいや、やはり軍・政府がそれを公認していたのだから、そこには広義の強制性があると言うことができて……」
ウヨク「広義の強制性って何だよ!」


 というような論争が続いていて、なんかそれ以上は読む気がしなかったので細かいことは知らないんですが、今に至るまで「日本軍は悪いことをした」派と「悪いことはしてない」派に分かれて言い争っていたようです。


 言い争うのはべつに良いんですが、少なくとも何万人も強制連行して性奴隷として虐待したみたいな事実は全く発見されていないらしいので、まずは藤岡が言うように「そもそも大して重要なトピックではない」と認識することが大事なんじゃないでしょうか。*2
 日本軍が正式な方針として、女の子をどっかから誘拐してきて軍人の性欲のはけ口として奴隷のように働かせていたとなると、日本軍ってのは他国の軍隊にくらべて酷い集団だったなぁということになって、けっこうな問題ではあります。しかしそうではないのであれば、「女性の人権ガー」という観点からいろいろ怒るのは良いと思いますが、多くの人にとっては「マニアックな話題」になるはずです。


 イメージとしていうと、まず戦争ってのは「悪」であるとしましょう。戦争が人類に良いものをもたらす面もあると思いますが、めんどうなので100%悪だとしておきます。人がたくさん死にますし。
 ↓のような図を描いて、これが問題の全体像だとします。


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 んで、私は第二次世界大戦にいたった歴史の全体的な文脈を考えると、戦争の「悪」ってものは、誰のせいでもないような面がけっこうあると思っています。帝国主義的な侵略の歴史とか、グローバル化による世界の不安定化とか、日本やドイツなどの新興国の台頭とか、金融危機とか、なんかいろいろ「歴史の流れ」みたいなものがあって、誰かが悪いっていうより運命みたいなもんなんじゃない?って思っちゃう面があるわけです。
 それが適当に、↓このぐらいの割合だとしておきましょう。適当です。


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 そして、日本が行った戦争にしても、日本が全面的に悪いということはないわけです。まぁ日本は後発の国で、ちょうど世界史的には戦争の非合法化が進められていく転換点あたりのタイミングで張り切って大陸に進出しすぎたのがまずかったよね、みたいな面はあるかも知れません。もちろん、日本が併合したり進駐したりした国の側からみれば、「おいおい西洋人に加えて日本人まで我々の国を荒らしに来たのかよ」って思う面はあるでしょう。
 しかし西洋列強がかけて来るプレッシャーもハンパなかったわけで、対米戦争にしても、オレンジ計画・ABCD包囲網・甲案乙案・ハルノートといった流れをみれば、まぁお互い様という感じか、むしろ日本は自衛のために頑張ったのだと言える面はかなりあると思います。
 なので、適当に、日本の悪を少し小さめにしておきましょう。適当です。


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 それでですよ、慰安婦問題について考えたいんですが、仮に当初言われていた「誘拐してきて〜」というのが事実だった場合、たしかに重要な問題ですが、戦争の歴史全体からみればまぁごく一部なので、↓こういう感じだと思います。


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 これでも面積大きすぎると思いますが。
 で、ここでたとえば仮の話として、「慰安婦問題はあくまで象徴的な一つの出来事であって、日本軍というのはその他にもたくさんの悪事をはたらいていたのだ」ということにすると、もう少し大きくなると思います。「日本軍は西洋列強にくらべて、極端に残虐な、犯罪者集団であった」ということになるんで。
 その場合、「日本の悪」の面積も増えて、↓こういう感じになります。


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 しかしいろいろ事実関係を調べたところ(私は調べてませんが)、日本軍はべつに、特別に残虐な集団だったというわけではないようです。
 そもそも慰安所も、単に民間の売春業を公認して兵隊に使わせていた程度の話で、しかも衛生管理や慰安婦への支払なども純粋な民間の売春業者に比べてしっかりしていた。
 であれば、↓こうでしょう。


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 もう、小さくてみえないですよね。
 しかもですよ、べつに日本だけじゃなくて他の国の軍隊にも慰安所みたいなものはあったらしいので(公式にはない軍隊もけっこうあったらしいですが、現地の売春宿に入ってたら似たようなものですね)、正確には↓こうですね。


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 さらに冷静に考えると、「日本軍が朝鮮人の女の子を誘拐して〜」みたいなことがなかったのであれば、そもそも慰安所って「悪」なのかどうかについてすら、意見が分かれてくると思います。
 「兵士向けの売春施設」について、いろいろ意見はあり得ると思います。しかしこれはもはや、明らかな戦争犯罪(非戦闘員の大量虐殺とか)のように「誰が聞いても怒る問題」ではなくなっているし、価値観によって意見が分かれ、なかなか収拾はつかないでしょう。
 イメージとしては、↓こんな感じです。


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 Q2のような状況で、あまり感情的に叩きあっても意味ないでしょう。そもそも簡単には答えが出ない問題なので。
 しかも、Q1とQ2では問題の大きさが全然違うわけです。


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 要は慰安婦問題ってのは、「日本軍が朝鮮人の女の子を誘拐しまくって〜」という話じゃなくなった以上、もはや「小さくて、しかも考え方は人それぞれとしか言いようがない問題」なわけですね。
 朝日新聞の「誤報」を叩くのはまぁいいですが(といっても、この記事に書かれているように、そもそも朝日新聞にそんな影響力あったのかよっていう面もありますが)、左派が「広義の強制性が〜」とか言うのは、べつに良いんですよ。そういう考え方もあり得るので。その考え方を保守派がいちいち批判してもしかたなくて(しても別に良いのだが)、「そもそも問題自体がマニアック」という認識が大事なんじゃないかという気がしました。


 たとえばですが、↓のような記事を見ました。
 池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を書いていますよ! - 永井和の日記 - 従軍慰安婦問題を論じる
 この人が自分の「ウェブサイト」から引用したという箇所は*3、まったくロジックが理解できませんが、慰安所というシステムの「広義の強制性」に怒る人がいるのは別にいいし、「女性の人権ガー」と論じるのもいいと思います。しかしそれって、たとえば「戦時中は暴力団対策法が存在せず、ヤクザ組織が野放しだった。日本政府の怠慢だ」とか「70年代ぐらいまでクルマのシートベルト着用が義務づけられていなかったのも、政府の怠慢だ」とか怒るのと同じレベルでマニアックな怒りですよねと。
 べつに人の意見や関心は色々だからいいけど、普通はそんなとこでキレる暇があったらもっと別のことにキレるわという話じゃないですかね。たとえば、慰安所の強制性を問題視するなら、赤紙での召集に対してはその100万倍ぐらい怒らなくて良いのかよって思いますね*4。強制的に南の島とかに連れて行かれて死ぬわけなので。

*1:といいつつブログエントリを書いてるのだから、少しは興味あるのかも知れません。

*2:韓国の運動家の反日キャンペーンが〜」という問題はあるかも知れませんが、それに対処する上でも、事実関係を正確に踏まえたあとは、「他に重要な問題がたくさんある」という態度を貫くのが大事だと思う。

*3:リンクも貼ってあるが飛んでも何も表示されない。

*4:私は別に怒りませんが。

死刑制度の「象徴的機能」について

 こないだF先生と飲んでいた時に、昔、小さな勉強会内で発行していた冊子に私がディスカッション目的で書いた死刑制度論に言及されて、「そういえばそんなこと書いたなぁ」と思っていたら原稿が見つかったのでここに貼り付けておく。分かりやすいように少し改変し、最後に追記を行ったけど。
 学生だった10年近く前に、何も調べずに思いつきで書いたものだから、勉強も考えも足りないのだけど、まぁこういう面はあるよなと今でも思う。
 死刑は公開でやれとか書いていて「おいおい」って昔の自分にツッコミを入れたくなったが、しかし考えてみるとそうかもなぁとか思ったりして、結局まだまだ分からないことがたくさんある。ただ、この問題について調べたり考えたりする時間はないので、最後に簡単な「追記」を行うに留めて、課題としては先送りしておこうw

死刑制度の「象徴的機能」について(2005.12.10)

死刑制度廃止論

 十月三十一日深夜*1、就任したばかりの杉浦法務大臣が、初登庁後の会見で「(死刑執行の命令書に)私はサインしない」と言い放ち、一時間半後に発言を撤回するという騒ぎがあった。
 世論の「死刑存置支持」ははっきりしており、現在のところ「死刑制度の存廃」が国民的な議論に発展する気配はない。しかし、「死刑廃止を推進する議員連盟」というものが十年以上前から存在して法案まで用意しており、EU諸国をはじめ死刑を廃止している国のほうが多数派であることを考えると、遠くない将来、わが国でも「死刑制度の存廃」が大きな政治問題として浮上してこないとも限らない。

死刑制度の諸機能

 圧倒的な「存置支持」を示している国民世論がその理由に挙げる死刑制度の機能は、私なりに名前をつけてみれば、「抑止的機能(再犯を含め、凶悪犯罪を抑止・予防する機能)」、「応報的機能(極悪には極刑を、という道徳律を実践する機能)」、「報復的機能(被害者遺族等の報復・復讐感情を満たす機能)」といったものであろう*2
 これら諸機能のいずれに対しても、その有効性と正当性について疑義を指摘することが可能ではある。たとえば、「統計によれば、死刑を廃止した国で廃止後に凶悪犯罪が増加しているわけではない」「冤罪であった場合に後戻りができない」「復讐する権利は被害者にしかない」というようにである。
 しかしいずれの機能も、まったくのナンセンスであるとも言い難い。とくに「応報的機能」については、その有効性・正当性を否定することこそナンセンスなのではないかと私は思う。だが、これらの機能に関わる問題については、ここでは深入りしないでおこう。

見過ごされている「象徴的機能」

 私が論じたいのは、一般の死刑存廃論議のなかでは無視されている、死刑制度の「象徴的機能」とでも呼ばれるべきものについてである。死刑は一種の儀式であり、何らかの「意味」を表現しようとする行為であると捉えることも可能である。「応報」も一つの道徳律の表現だが、ここで考えてみたいのは、死刑には「人間」というものの範囲(限界)を宣言しようとするような側面があるのではないかということである。
 死刑がその他の刑罰と根本的に異なるのは、それが罪人の「精神(言語)活動」に終止符を打つという点であると私は思う。そして、言い換えればそれは、「どこまでを『人間精神』と認めるか」についての決断にほかならない。我々は、ある種の罪人の精神を殺すことによって、「人間精神」に限界線を画すのだ*3。そしてそのことによって、「抑止的機能」が目的とするところの「社会の秩序」だけではなく*4、「精神の秩序」をも維持しているのである。
 もちろん、死刑の判決や執行それ自体が、簡単に「精神の秩序」をもたらしてくれるわけではない。むしろその決断は、誤りや不完全さから逃れることができないため、我々を深刻な葛藤のなかへと導くことも多いに違いない。とくに重大なのは「人間精神の限界」をどこに設定すべきかという基準の問題であり、仮に冤罪の可能性が排除されたとしても、「あの罪人は本当に『人間』の限界から外れていたといえるのか?」という疑念はけっして完全には払拭されえないのである。

人間の条件

 だが、この葛藤と真剣に向き合うことこそ、人間が人間であるための条件であるとも言えるかも知れない。「人間」と「非人間」とを区別する決断の重圧や緊張に耐えることを通じて、我々は「人間」というものの根源的な意味を考えるのであり、自分たちがいかなる存在であるかという「アイデンティティ」が、少なくともある側面において、より強く確定されるのではないかと思う。
 そうした決断の場が死刑制度でなければならないというわけではないし、死刑のあらゆる現実のケースがそうした決断の場として機能しているわけでもない。しかし、だからといって死刑制度がその種の機能を持ちうるということを見逃していいわけでもないだろう。この、人間にとって根源的な葛藤から目を逸らし、安易に死刑廃止を唱えることは、人間であることからの逃避であるとすら言えるかもしれない。もちろんこれは、安易な理由で死刑制度を擁護する場合にも同じことが言える。
 少なくとも現在の日本の死刑制度は、その決断と葛藤の「場」として十分に機能しているとは言い難いように思える。死刑制度は、人間精神の限界を「象徴する」目的のために「公開」で行われるべきであり、それが人間にとって極限的な葛藤の場であるがために「厳格な儀式」のしつらえを必要とするのだということについても、我々は考えて然るべきではないだろうか。

死刑廃止によるアイデンティティの動揺

 さらに指摘しておかなければならないのは、「冤罪の可能性」や「刑の残虐性」を根拠にして安易に死刑制度を廃止することは、我々人間に、より苛烈な葛藤を課すことになるかもしれないということである。
 死刑を廃止するということは、あらゆる罪人の精神に「人間」の資格を与え、逆にいえば「非人間」の混沌を「人間」の世界に招き入れるのであるから、我々の「人間」としてのアイデンティティが動揺にさらされるという面もあるのではないだろうか。
 もちろん、「人間」の意味を考えたり、罪人の心理を想像したりすることを放棄した者であれば、この種の動揺とは無縁であろうし、むしろ無縁な人間のほうが多数派だろうから、死刑制度があろうがなかろうが、我々の社会が大きく変わるわけではないのかもしれない。また、死刑制度を廃止したうえで、その深刻な葛藤に耐えていくという選択もあり得る。しかしそのためには、宗教者のように厳格でありながら寛容な精神を多くの者が持つ必要がある。
 少なくとも、死刑制度廃止論を唱えるのであれば、死刑が何らかの「意味」を象徴的に表現することによって保たれている「人間精神の秩序(あるいはアイデンティティ)」についても考えておくべきだし、もしかすると死刑廃止には、極度に弛緩した精神か強靱な精神のいずれかが必要とされるかもしれないということを、考慮しておくべきだろう。

追記(2014.9.6)

 「死刑制度によって、『人間精神』と認める範囲に限界を設ける」という発想にもいろいろと危険性や問題がある。
 一つは、精神が錯乱した者は殺されねばならないのかという問題だ。言い換えれば、我々が「人間らしい」と思える範囲から外れる精神を持つ者は、死刑囚の他にも存在するのだから、「死刑は人間精神の範囲を画するためにある」という説には一貫性がないのではないかという点である。
 二つ目の問題は、死刑によって罪人を現世から追放したところで、彼が言い残した言葉や書き残した言葉は我々の手元に残るということだ。また、彼の行為についての記憶を消し去ることもできない。つまり我々は、死に値する罪を犯した者を、「人間」の外へと完全に追いやることができないのである。
 三つ目の問題は、教育刑の発想で、「非人間の精神」を「人間の精神」へと矯正する努力をすればいいのではないかとも言えるということである。
 一つ目の問題について言うと、少なくとも今の日本社会では、精神が錯乱していると認められる場合には刑を免れることになっているので、我々は「錯乱」については人間のひとつの可能性として認めることにしているのだろうし、そうあるべきだと思う。そして逆に、正常な判断力の下である範囲を超えて深い罪を犯した者の精神については、人間のものとは認めがたいと考えて、死刑に処するのである。
 二つ目と三つ目の問題について考えると、死刑制度の意義に関する解釈として、「人間精神として認める範囲を画定しているのだ」という理解では単純すぎるように思えてくる。むしろ、その罪人の犯した行為に関する記憶や、彼に対する裁判という儀式や、死刑の執行という出来事が、一連の物語として象徴するところの意味について考えなければならないのだろう。
 死刑にはある重要な「意味」を表現する象徴的儀式としての側面があるということその意味が「人間のアイデンティティ」に関わるものであること、そして「罪人の精神活動に終止符が打たれ、彼が言葉を発することがなくなる」という点に死刑制度の重みがあることには、私はある程度確信を持っている。しかしそれは、人間と非人間のあいだに鉛筆で線を引くような簡単な話ではないように思えるし、同じ死刑といってもケースによってそれが「意味」するところは様々に異なるだろう。
 ポストモダンの思想家で、こういうことを分析している人がいるのかも知れない。

*1:2005年の話。

*2:これは大学の一般教養の法学の授業とかで出てきた議論を思い出しながら書いているような気がする。

*3:全体的に、「人間」というべきか「国民」というべきかをあまり厳格に意識せずに書いている。

*4:死刑があってもなくても犯罪率はあまり変わらないという話は読んだことあるが。

ハルマゲドンの話(ウクライナ問題など)

 チャンネル桜は3年に1度ぐらいしかみないんですが、たまたまYouTubeに上がってた動画がTwitterで流れてきたのでみました。(↓のリンクは3本続きの動画の2本目。全部はみてないです。)



2/3【討論!】安倍政権への進言・諫言・提言 - YouTube


 以下、馬渕睦夫氏(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)と西部邁氏(評論家)の会話。

馬渕 結局今のウクライナ危機といいますかね、ロシアをどうみるかというところが、今後の安倍外交のひとつの正念場のひとつだと思うんですけど。
 ちょっと申し上げましたように、アメリカの対ロシアの態度、プーチン大統領に対する態度というのは、「プーチンを失脚させる」というのが私はアメリカの隠されたね、表向きは言ってませんけどたぶん隠された狙いなんだろうと。
 なんで私がそう判断したかというと、このウクライナ危機が、まぁクリミア以降ですけど、起こって以来のアメリカの対応が、非常に従来とはちがうと。とにかく「プーチンとは話さない」と言うことですね。
 だからG8からも追い出して、とにかく経済制裁をまずやったわけです。普通は、アメリカはこういうことは本来やらないはずですね。その前に当然、プーチンと話し合う。それで妥協点を探るというのが今までのやり方。今回はそれを一切やってない。他の国にもやらせないということですよ。
 だからこれは、残念ながら、アメリカはもうこの際、プーチンを失脚させると。つまりロシアを、つまりなんていいますかね、プーチンが抵抗しているグローバル化を……ロシアをグローバル経済に取り込むという。アメリカはいよいよその最後の賭けに出たんだろうと私は思ってます。
 それは逆にいえば、アメリカがそれだけいま追い詰められているということですね。アメリカの、ハッキリいえば金融資本家が、やっぱりリーマンショック以来うまくいっていないと。だから、これでロシアを自分に取り込まないと、なかなか生き延びられないと。そういうやっぱり危機案があったんだと思います。これはべつに脅かしでもなんでもなくてですね、すでにアメリカのたとえばブレジンスキーなんかもそうなんですが、そういう事態が来ることを想定してるんですね。
 それは彼の本を読んでみればよく分かるんですけども、要するに「オバマが世界のグローバル化に失敗したら、もうチャンスは無い」って言ってるわけですね。つまりチャンスはないということはどういうことかっていうと、つまり平常なやりかたで、ソフトパワーで世界をグローバル市場化するのは、もうオバマの時までだと。で、オバマがもう失敗してるのはハッキリしてるわけですね。だからもうあとは、そういう意味では、私は時々使ってるんですが「ハルマゲドン以外にはない」と。つまりは、言ってみれば、第三次世界大戦級の大軍事紛争しかないということを、もうすでにブレジンスキーはもう今から数年前に予告してるんですね
 だからそういう事態が、どうもいま来てると。来てる可能性があると。ただストレートに、米ロが直接軍事対決するところまでは、まだ時間があると思いますけどね。ですからそこに、安倍さんが割って入る最後のチャンスがあるんだろうと。
 それで、今年の11月ですね、たしか10日前後に北京でAPECの首脳会議が行われて、たぶんプーチンは来るということになるんでしょうけど、おそらくその前後に訪日をするというのが一番自然な形でプーチンを迎えることになると思うんですね。だから、プーチンの訪日をめぐってこれからアメリカと日本との間で、水面下で相当の駆け引きがあるんでしょうけどね。これがやっぱり、日本が来年乗り切れるかどうかの、大きな分水嶺になるだろうと私は思っておりますし、その際、アメリカの対ロシアに対する意図っていうのを正確に見抜いてですね、なんて言いますかね、ロシアをグローバル市場に取り込むことのメリット……急いで取り込むことのメリット・デメリットをね、安倍さんはアメリカに、そこをいかにうまく説明できるかどうかというところにかかってると思いますね。
 だから今、プーチンはじめ、まぁプーチンがまさにそうなんですが、外資に対して、欧米の、とくにアメリカの外資に対して非常に懐疑的なんですね。それはロシアの過去のいわゆる民営化プロセス、市場化プロセスをみてれば分かるんで。非常に懐疑的で、つまり(アメリカ資本がロシア国営企業を)乗っ取ろうとかつてしたわですね。それをプーチンが押さえたっていう経緯があって、それが有名な2003年のホドロコフスキー事件(参考リンク)と言われるものですね。で、彼がいよいよ恩赦で、いまもう釈放されて来ますからね。それとまさに今起こってることとは、私は関連があるんじゃないかとすら思いたいんですね
 だからそういうところまで今、ロシアの関係が来てるんで。そこにその、安倍さんが「ロシアを追い詰めることがアメリカにとってもメリットではないんだ」ということをね、説得できるかどうかだと。ここにかかってるんだと思うんですね。ですから、安倍さんこそが、私は世界をね、ちょっと極論すれば、ハルマゲドンから救える人なんじゃないかとすら思えますよ。


西部 ここでちょっと質問なんですがね。休憩時間にちょっと言ったことなんですが。
 おっしゃる通りのようなイメージで僕も世界をみてるんですけども、でもイラクの失敗とかアフガン……アメリカ国民が、議員を通じてですけどもそこからの撤兵をね、結局のところ国民が要求せざるを得なくなって、それをオバマが代表してやったということを考えるとですね、ロシアとのハルマゲドン……もちろんそれを考えるのがCIAかペンタゴンかね、あるいはユダヤ系資本家でしょうけども、その彼らがそういう机上のプログラムを組むんでしょうが、国力の衰退がいろんな意味で甚だしいアメリカがですね、それを1年、2年はできてもですよ、たとえば3年後には自分でひっくり返る。でもそういうところまでは考えない、1つのハルマゲドン計画を作ってるに過ぎないんだと。
 もっと極論するとね、アメリカってのはもうある意味では国家の体をなしてなくてね。あそこを動かしてるのはほとんどマフィアというかヤクザというかね。表現はいろいろありますけども、ほんとに一握りの巨大な財産と巨大な権力をもった人間たちの、ほんと、つかの間のイリュージョンに近いようなそういうハルマゲドン計画。で、結局のところ、アメリカの政治家たちも一時それに乗っかる以外に自分の人気を集められないという。
 それはそれなりに世界を壊すんでしょうけども、一つだけその壊すことについて言えばね、キャピタリストというけど、グローバルキャピタルというけど実際に彼らはね、中国の例を見ようがインドの例を見ようが、ロシアにかつて典型をみたごとくね、結局のところ国民経済を破壊していくわけですよね。あっという間に。


真渕 おっしゃるとおりです。


西部 そういうことを考えたらですよ、いま必要なのは各国が、時間がかかるだろうけどもそれこそナショナルエコノミーとしてね、日本もそうですが、それを再建しなきゃいけないんだけども、それをぶっ壊していくのがアメリカだってことは、世界はだいたい薄々か強いかどうかは国によって温度差があるんだけども、だいたい世界で明らかになってるんですね
 というふうに僕は思うんですよ。もちろんね、日米関係は戦後70年近くも続いてますから、それに僕もね、そう簡単に反旗を掲げられるとは思ってないけども、それから自民党もそれはできない、役人もメディアもできないとしてもね、日本の言論の中に強力な一部として、強力な発言として、アメリカは所詮その程度の国に成り下がったんだってことをね、もっとね、明々白々に言う言論がなきゃですよ、その……


馬渕 いまおっしゃった通りだと私はおもうんです。まさに我々はアメリカの正体を見極めずに議論してて、アメリカを国家だと思って議論してきたんですが、そうじゃないと。アメリカっていうのは今おっしゃったように、私は、一番いまだに力をもってるのはウォールストリートの金融・財閥だと思いますけどね、それがいわゆる軍産複合体のようなかたちで。
 それで、重要なテーマは今おっしゃったように、アメリカは今はもう国民経済なんて考えてないんですよ。そこなんですよね。だからなぜアメリカが、アメリカの一般国民の利益を無視してまでああいう世界戦略をとってるか、そこをやっぱりね、ハッキリさせないといけない。
 日本のメディアは一切口をつぐんでるわけです。アメリカは国家として動いてると思ってるわけですね。そうすると、なぜ中国と仲良くしてるのかが全く分からないわけですね。あるいはなぜロシアをやっつけようとしてるのかが分からないわけですね。ですから、おっしゃったように今アメリカを動かしてるのは、そういう一握りのエリート集団であるということをね、もう少しわれわれは理解して、対米外交なり、対ロシア外交をやってく必要があるんだと。全く同感です。そう思います。


 先週「表現者塾」に久々に参加しましたが、最後のほうで西部先生が、
 
 
 「アメリカを支配してる連中は、完全なニヒリズムに陥っていて、カネと権力のために本気で戦争を仕掛けかねない。イラクの失敗でネオコンの連中が死んだと思ったら大間違いで、おおよそ帝国主義戦争というものはだいたいそうなんだけど、ああいうニヒリストどもは本気で『ハルマゲドン』のような馬鹿なことを考えかねないんだ」


 という話をされていたのは、この文脈だったんですね。


 なんというか、たいていの人は「けっきょくのところアメリカがそんな不合理な(国益にならない)判断をするはずがない。ハルマゲドンなんて有り得ない」と一蹴すると思うんですが(そうであれば良いと私も願いますが)、第一次・第二次世界大戦でもいいし、もっと昔の戦争でもいいけど、人類はぜんぜん合理的に行動してないからなぁ(笑)
 歴史を振り返れば、けっこう、予想もしない方向に一気に進んでいくことがあるわけです。
 イラク戦争だって、いまでこそみんな「大量破壊兵器なんてなかったのに〜」「アメリカの失態が〜」とかしたり顔で言ってるけど、当時ニュースをみてたときはあれがそれなりにアメリカにとって(邪悪だけど)合理的な行動だと思ってた人多かったと思うんですよね。
 イラク戦争に反対する人にとっても賛成する人にとっても、とにかくアメリカ最強というのが支配的なイメージだった。「平和主義」「戦争反対」の観点からアメリカを批判してた人はいたけど、それも結局「強いアメリカの横暴」を批判していただけであって、「馬鹿になって転落していくアメリカ」のイメージを読み取った人はあまりいないはず。
 「アメリカが衰退していて転落しつつあるなら、ロシアに戦争しかけるとかあり得ないのでは?」と思われるかも知れないし、そうだと良いのですが、じつは逆かもしれない。上の動画で言われているのは、転落しかかっているからこそ一種の暴発が起き得るという話ですね。
 私は不勉強なので、今回のケースについてどう見通すのが正しいのかまったく分かりませんが、一般論として言えば、会社とかでも経営危機になると、内部の意思決定手続きも形骸化して、過激なグループが主導してわけの分からない決定をし、一気に倒産に至るというケースはふつうにあるわけですよね。「もうチャンスがない」からこそ、変な一発逆転の賭けに出て、結局はご臨終に至るわけです。賭けによる害悪をまき散らしながら。
 とにかく、イラク戦争が始まったときに「大国が不合理な判断をすることもある」という歴史を振り返り、「ああ、これはアメリカ衰退の引き金の一つになるな」って予想した人はあまりいなかったという事実を思い出したほうがいいと思います。ちなみに西部先生はじめ『発言者』のグループはそういうことを言ってたんだけど*1。今回も我々の多数派のイメージとは無関係に、ヤバいこともあり得そうだなぐらいに思っといたほうがいいのかも知れません。

*1:ついでにいうと、「今回はイラク側に正義がある」と堂々と言った人もあまりいないと思う。

「集団的自衛権の行使容認」問題についてのメモ

変な議論

 間違いもあったので記事を2回ぐらい全体的に書き直しました。


 集団的自衛権の行使容認の問題がめちゃめちゃ盛り上がっていて、新聞テレビはほとんど見ていないのでよく分からないが、会社の近くでも連日デモが行われているし、知り合いのFacebookとかでもにわかに政治的な記事が流れまくっている。
 私はそもそもあまり勉強してないので国際法憲法について詳しく知らないのだが、個人的には、集団的自衛権の行使を認めるか否かというのは、それ自体は安全保障上の課題全体のなかでは些末な論点なんじゃないかと思えてしまい、今の騒ぎは色々ピントがずれてて気持ち悪いと感じる。


 今回の閣議決定で認められる(と解釈される)ことになったのは、

我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使する
閣議決定より)


 ことである。従来は憲法解釈上、集団的自衛権については「保有はしてるけど行使はできない」ということになっていたが、行使できるということにしたわけである。
 これを受けて反対派が大騒ぎしているのだが、その理由は大きく、


 ① 日本の自衛と関係のない海外の(アメリカの)戦争に巻き込まれるからダメ
 ② 意思決定のやり方が立憲主義に反しているからダメ
 ③ 集団的自衛権の行使は憲法違反だからダメ
 ④ とにかく現状より少しでも武力行使の可能性が広がるのはダメ


 という感じになっている。②と③は区別がつきにくいが、憲法改正の手続きを踏まずに閣議決定で解釈を変更して押し切るのは、やり方として強引だという論点(②)と、そもそもどう解釈したって違憲であるという論点(③)は、一応別物だと思われる。
 保守派(のうち、安倍晋三を称える人たち)が何を言っているのかはよく知らないし、関心もない。たぶん、さすが安倍さんとかいって喜んでるんだろう。彼らは、とにかく左翼が嫌がる政策は正しいという立場なので。


 さて上記の反対派の議論だが、いろいろ気持ち悪いところがある。
 ①については、あくまで今回認めることにしたのは日本の自存自衛に関わる場合の武力行使であって、自国の防衛上の必要性があるかどうかは、事案ごとに日本が主体的に判断すべきものだ。もちろん「恣意的な運用ガー」という危険性は当然あるのだが、それは議論の水準が異なるというべきだろう。
 ②については、確かに今回の手続きは強引である。とくに内閣法制局長官を外部から連れてきた賛成派にすげ替えて議論を避けるというやり方は、後々踏襲されたりするとヤバいと思われる。解釈変更の内容そのものは暴挙というほどのものではないと思うのだが、今回の決定は単に一内閣の解釈に過ぎず、政権が替わって別の解釈が示されたり、裁判所が別の解釈を示すこともあり得る。そんなあやふやなものに基づいて今後の法整備とかを進めようとしているのは危ないだろう。もう少し確実な根拠を得てからでないと、集団的自衛権なんて扱うべきではないのではないか
 ③については、集団的自衛権の行使が違憲であるかどうかの前に、そもそも戦力(自衛隊)を保持していることが9条2項に違反しているはずである。お前らどうせ反対派なんだからもっと根本から真面目に議論しろよって感じ。
 ④については、単なる感情的な反発なので、勝手に言ってろと。


 以下、とりとめのない内容だが、あれこれ思ったことをメモしておく。基本的に、現下の国際情勢を踏まえてとかではなく、あくまで理屈の問題として気になることをメモっておいた。
 で、考えれば考えるほど、集団的自衛権ごときでそんな大騒ぎすんなよって思ってしまうのだが、それは最後にまとめておく。

集団的自衛権って

 鈴木尊紘という人が書いた、集団的自衛権憲法9条の関係にかんする政府見解の変遷をレビューした論文(リンク)があって、集団的自衛権そのものに関する解説もいろいろ載っていて分かりやすい(歴史的経緯とかはWikipediaをみたほうが早い気もする)。


 まず集団的自衛権といっても概念としては幅があって、

集団的自衛権は、一国に対する武力攻撃が行われ ることによって、他の諸国も各自の個別的自衛権を共同して行使する、又は地域的安全保障に基づいて共通の危険に対処するための共同行動をとるか、いずれかの場合とする定義である(個 別的自衛権共同行使説)。

集団的自衛権は、自国と密接な関係にある他国に対する攻撃を、自国に対する攻撃とみなし、自国の実体的権利が侵されたとして、他国を守るために防衛行動をとる権利であるとする考え方である(個別的自衛権合理的拡大説)。

集団的自衛権とは、他国の武力攻撃に対して、自国の実体的権利が侵されていなくとも平和及び安全に関する一般的利益や被攻撃国の国際法上の権利(領土保全・独立等)を守るために被攻撃国の自衛行動を支援する権利であるとする考え方である(他国防衛説)


 と3通りが存在し、① < ② < ③ の順で権利が広い。
 日本政府の立場は② らしい。集団的自衛権という概念自体に幅があるということは、当然、集団的自衛権をひとくくりにするのではなく、日本国憲法上認められるものと認められないものに区別すべきだという議論があってもおかしくないな。


 ちなみにその前段で「集団(的)安全保障」に関する説明がなされているのだが、これは「集団的自衛権」とは別の話であることを理解する必要がある。集団安全保障というのは要するに、「みんなで仲良くしましょう。ただし掟を破るやつがいた場合は、みんなで協力してつぶしましょう」という約束のことだ。

集団的安全保障とは、「国際社会、または、一定の国家集団において、それに属する諸国が互いに他の国に向かって不可侵を約束し、この約束に反して武力を行使する国に対しては、それ以外の国は協力して被害国を助け、加害国に対して経済的圧迫あるいは軍事行動の強制措置を加え、諸国の結集した力による威圧により戦争を防止・抑圧する制度」を意味する。


 国連というのはこの「集団(的)安全保障」のための枠組の一つなのだが、この枠組が機能するためには安保理による意思決定が必要だったりして即応性に欠けるから、この枠組が機能しない場合であっても各国は固有の権利として「個別的自衛権」も「集団的自衛権」も持っている、という話である。


 で、国連憲章で認められている「自衛権」に該当しないような武力行使は、集団安保措置の場合を除けば、「侵略」であると考えてよい。ただ、この「自衛権に該当するかどうか」というのは常にやっかいな問題で、国際的にも一致した見解があるわけではないようである。
 日本政府が掲げている自衛権発動の3要件(このブログを参照)も、日本政府が独自に考えたものというよりは、国際的な議論の最大公約数的なところを取っているようだ。「国際法と先制的自衛」という資料(リンク)によると、イギリスのウェブスター国務長官という人が提案した「目前に差し迫った重大な自衛の必要があり、手段の選択の余地がなく、 熟慮の時間もなかったことを示す必要があろう」という提案が先行例となっており、日本政府の見解もこれに似ている。で、その後の議論のなかで

  • 軍事的反撃が必要であるかどうか。 (必要性の原則)
  • その反撃は相手の攻撃とつりあっている かどうか。 (均衡性の原則)
  • その反撃が即座のものであるかどうか。 (即時性の原則)


 といった要件が国際法学者のあいだで提案されているらしい。ただこれも、広範な意見の一致をみているというよりは、まだまだ論争が必要という感じのようである。

「保有してるけど行使しない」というロジック自体はおかしくない

 ところで、日本政府の「集団的自衛権を保有はしているが行使できない」という解釈について、矛盾してるとかいう主張もあるみたいだが、べつに論理的におかしいわけではないと思う。
 単に、「国際法上の視点から見れば権利は有しているが、日本国憲法というローカルルールを定めることで、その権利は使わないことにしてる」というだけのことであって、論理的にはあり得る話だ。


 たとえば、たまたま仕事で関わった例を思い出したのだが、WTOの「政府調達に関する協定」というものがあって、各国の政府が物品やサービスを調達するときに、海外の業者であっても不利を受けることなく入札に参加できるよう、各国共通のルールを整備している。ところが、基本的にはWTOのルールに従ってればいいはずなのだが、日本政府は独自の「アクションプラン」を定めていて、WTOルールよりも厳しい基準で政府調達ルールを作っている。
 「権利」の話とは性質が違うが、条約が定めたルールよりもさらに厳しい基準でローカルルールを設けるということ自体は、普通に行われているということである。

外国の戦争に巻き込まれるのか

 ひとまず憲法論はわきにおいて、海外で武力行使することの是非について考えてみよう。
 日弁連のPDF資料(リンク)をみると、反対論のサマリーみたいになっているので分かりやすいのだが、大学教授や弁護士や元官僚の人たちが色々意味不明なことを言っている。
 まず最初のページからして、

集団的自衛権。それは、外国のために戦争をすること。


 と書いてあり、

集団的自衛権の行使は、日本の防衛とは関係なく自衛隊が海外で武力行使することです。
(略)
集団的自衛権行使容認の狙いは、海外の戦争に参加できる国に変えることにあります。海外における武力行使に道を開き、大国による戦争に日本が加担することになります。


 という人も出てくるのだが、スローガンとしても飛躍しすぎなんじゃないだろうか。
 たしかに集団的自衛権というのは、日本が攻撃されていなくても仲間の国が攻撃されているときには武力を行使するというものだが、「外国のために」「日本の防衛とは関係なく」ではなく、あくまで理屈としては「日本のため」のものである。


 反対派が「海外の戦争に巻き込まれる」と言っているのは、恐らく具体的にはアフガン攻撃やイラク戦争みたいなやつに日本が駆り出されることをイメージしているのだろう。日本周辺の公海で米艦が攻撃を受けた際の支援とか、アメリカに向かって飛んでいくミサイルを日本が代わりに撃ち落とすことに反対しているようには見えない。
 で、こういう批判はあまり意味がないというか、少なくとも安倍内閣が言っていることと議論が全くかみ合わないので、言っても無駄だろうと思えてしまう。
 今回の解釈変更で認めることにしたのは、さっきも触れたように、

我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使する


 ことである。つまり、理屈の上ではあくまで、日本の防衛に関係がある場合のみ集団的自衛権行使が可能という話なのだ。
 場所が海外だろうがアメリカの戦争だろうが、日本の防衛上必要なのだとすれば、戦った方が良いとしか言いようがない。もしそれが(イラク戦争のように)侵略戦争だったとすれば、それって憲法9条もクソもなく国際法違反なのだから、「それは侵略です」と反対すればよい。
 抽象的な「是非」の議論はそこで終了してしまうのであって、あとは個別の運用で判断を間違わないように仕組みをつくったりしなければならないというだけだ。


 もちろん、どんなに慎重にルールを整備したところで「恣意的な運用ガー」問題はあるのであって、日本の防衛にほぼ関係のない戦争に荷担するケースは出てくるかもしれない。しかしそれなら、そういう個別の事案について「それって日本の防衛と関係ないだろーが」と反対すればいいのであって、集団的自衛権の行使一般について反対するというのは理屈として無理がある。
 というか、安倍政権側に「いや、だから、日本の自衛に関係のない『外国の戦争』への参加は依然として認めないって言ってるでしょ」と言われてしまえば、もう抽象論(一般的なルール)の水準で反論することはできないのであって、ゴネても無意味である。あとは具体的な規則づくりや個別の判断で文句を言うしかない。


 なお、朝日新聞の記事(これとかこれ)では「集団安全保障措置への参加」も認められることになったと書いてあるが、その根拠はよく分からない。もしできるのだとすれば、集団的自衛権よりもさらに進んで、日本の防衛に直接関係なくても国際秩序を維持するためにということで、外国で武力行使ができるようになる。
 ただ、閣議決定の文面からすると、日本の自衛に直接関係がないようなケースであれば参加はできない気がするんだけど、できるわけ?
 まぁ仮にできるとして、集団安全保障措置についても抽象論としてはやはり、「意義があるなら参加すべき」としか言いようがない。武力をもって貢献すること一般を禁止したほうがいいかというと、そうではないだろう。


 ここで言っているのは、「実践上、武力行使できたほうが良いか、できないほうが良いか」の話であって、憲法上許されるかどうかとは別の話である。
 要は、合憲か違憲かという議論をとりあえず措いておいて、外国の戦争にまきこまれることの是非そのものについて考えるなら、一般論としては「無意味な戦争には巻き込まれないように注意すべき」としか言いようがなく、しかも今回の閣議決定でも、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」にしか武力行使はできないことになっているので、そこで議論は終了してしまうのである。
 だから、「外国の戦争に巻き込まれるようになるからダメ」というのは、反対論としてはあまり成り立たないと思う。

解釈変更の手続きは強引だが

 さて「立憲主義の否定だ〜」と騒いでいる人たちが何をしたいのか、イマイチよくわからないが、たしかに手続きはかなり強引である。とくに内閣法制局長官人事の件がヤバくて、外部から賛成派を連れてきて議論を避けるというやり方は、後々踏襲されると大変なことになりそうである。


 ところで解釈変更って、何がどう変わったのか。今回の閣議決定の全文と、それについてのQ&Aは↓にある。


 国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法 制の整備について
 「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答


 何がどう変更されたのかがよく分かるのは、以下の箇所だ。

(3)れまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容され るのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。
 我が国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備などあらゆる必要な対応を採ることは当然であるが、それでもなお我が国の存立を全うし、国民を守るために万全を期す必要がある。
 こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。


 論理としては、憲法解釈を変更するものではなく、「従来の政府見解における憲法第9条の解釈の基本的な論理の枠内で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための論理的な帰結を導」いたことになっている。これについては「一問一答」でも強調されていて、一応「解釈改憲ではない」というのが政府の立場である。*1


 先ほどの鈴木尊紘氏の論文に引用されているのだが、もともとの政府見解というのは、以下のようなものだ。

「政府は、従来から一貫して、我が国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されないとの立場に立っている。(中略)我が憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」(第69回国会参議院決算委員会提出資料 昭和47年10月14 日)

国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、 自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」(第 94 回国会衆議院稲葉誠一議員提出の質問主意書に対 する答弁書[内閣衆質 94 第 32 号] 昭和 56 年 5 月 29 日)


 これの「基本的な論理」の下で、集団的自衛権の行使を“ナシ”から“アリ”に変更したというのはどういうことかというと、おそらく

  • 武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる
  • 憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものである

 というのを「基本的な論理」と考えて、集団的自衛権の行使の是非は「基本」ではないことにしたのだろう。つまり、「急迫、不正の侵害に対処する場合」「必要最小限度」の指す範囲が時代の変化とともに変わってきて、昔は集団的自衛権の行使は範囲外だったけど、今は範囲内になったと考えていいだろうということだ。


 これを「解釈改憲ではない」と言われても、無理矢理な感はある。いわば「解釈の解釈を変更しただけだ」ということなのだが、それって解釈変わってるよねと。「『解釈の解釈の変更』は、『解釈の変更』には当たらない」といわれて通じる人がいるのだろうか?


 ただ、じゃぁ「解釈の変更」が許されないのかというと、そういうわけでもないだろう。そもそも上記の鈴木論文のとおり、政府の憲法解釈は過去にも少し変わっているのだ。
 本来は違憲/合憲の判断を下せるのは裁判所なのだが、日本はアメリカと同様に「付随的違憲審査制」をとっているので、具体的な訴訟が起きない限り憲法判断が示されることはない。だからこれまでの歴史の中で、集団的自衛権については政府が解釈するしかない状況が続いていたわけで、しかもその解釈には変遷がある。
 反対派は、「解釈の変更は立憲主義に反する」というが、そもそも集団的自衛権の行使を禁じてきたのも過去の政府の解釈に過ぎない。反対派の人たちが明確に禁じたいと言うのであれば、そういう方向で憲法を改正するか、裁判所の判断が出るタイミングを待つしかない。
 ただ、単なる解釈とはいっても70年代以降は概ね変わっていないので、その積み重ねを尊重する態度は必要だろう。どの程度尊重すれば十分なのかは難しいが。


 また、「立憲主義」とやらに基づき、集団的自衛権の行使を認めるためには絶対に憲法改正が必要なのかというと、そうでもないのではないか。後述するように、憲法9条1項は「侵略はダメ」という当たり前のことを定めていて、ここから「武力行使は自衛のために必要最小限度の範囲に留めるべし」という原則が導かれ、集団的自衛権の行使がこの原則の範囲内に収まるのかどうかが問題となり、歴代内閣は「収まらない」と解釈してきたわけである。(「集団安保」については後述する)
 しかし理屈としては、「集団的自衛措置の中には、この原則の範囲内に収まるものも収まらないものもある」としか言いようがないのではないだろうか。であるならば、どんな場合であっても集団的自衛権の行使はとにかく認められないとしてきた過去の解釈が、多少先走った感があるのであって、「もっと細かく考えてみたら、認められるものもありました」となっても暴挙とまでは言えないと思う。


 一番の問題は、解釈を変更するというやり方が「立憲主義を否定する暴挙」だという点にあるのではない。どんな憲法・法律だって、「解釈」を経て現実に適用されるというのはごく普通のことである。それより、今回の決定はそもそも一内閣の解釈にすぎないもので、今後政権が変わって別の解釈が示されることだってあり得るし、裁判所が別の判断を示したらそっちが優先される、あやふやなものだという点がヤバいのだ。
 国論が概ね統一されていて、あまり反対論が巻き起こらないような環境が整備されているのであれば、憲法改正せずに「解釈」の変更を行ってもべつに良いと思われる。もともと集団的自衛権の行使を禁止しているのも政府の「解釈」なんだから。しかし「禁止だ」という解釈に40年の歴史があり、しかもこれだけ反対論が多いと、「あとでひっくり返る」恐れはけっこうある。閣議決定による解釈なんて、その程度の根拠しかないのだ。
 だから、解釈変更の閣議決定をしたことが暴挙だというのではなく、後でどうなるか分からないものに基づいて法整備その他を具体的に進めようとしていることが暴挙だと言うべきなのだろう。安全保障に関わる措置は、コロコロ方針が変わるとヤバいのだから、もっと確実な根拠や環境を得てから進めて欲しい*2

そもそも憲法9条って

 ところでそもそも憲法9条は何を禁じているのだろうか。


 前内閣法制局長官に聞く—集団的自衛権の行使はなぜ許されないのか


 ↑ここにも書かれてあるように、憲法9条が定めている戦争放棄というのは、「あらゆる戦争をしません」という意味ではなく、「侵略戦争をしません」という意味だ。
 少なくとも第1項の「国際紛争を解決する手段としての武力の行使」*3というのは、パリ不戦条約などに照らしても*4、これは侵略戦争を意味する表現であると解釈されていて、自衛戦争をしませんという意味ではない。

第1項の武力の放棄ですが、実は1928年のパリ条約、いわゆる不戦条約にも、戦争に限ってですが、似たような表現で書かれていて、その考え方を引き継いで国連憲章も第2条の第3項、第4項で武力行使を禁止しております。要するに、いまの国際法では武力の行使は個別的または集団的自衛権の行使として行なうもの、そらから湾岸戦争のような国連決議に基づいて行なう制裁戦争―集団安全保障措置と呼んでいますが―そういうもの以外は一切違法なものとして禁止されているわけです。したがって、日本国憲法も仮に9条1項だけであれば、国連憲章、あるいは世界の各国と同じように、いわゆる侵略戦争を中心とした違法な戦争を禁止している、そのことを入念的に規定したのだと読めないわけではない。


 ところが問題は、第2項が、「前項の目的を達するため」に「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」となっているという点だ。論理的には、「侵略戦争はしません」「そのために武力を放棄します」ということなり、「あれっ、自衛は……?」という疑問(グレーゾーン)が発生し得る、変な規定なのである。*5
 でもとにかくこの文言だと、結論としては「放棄します」と言ってる以上、放棄してないとおかしいはずである。
 上記のPDFでも、

ほとんどの憲法学者は、9条2項の戦力の不保持の規定に照らすと、現在の自衛隊が戦力に当たらないというのはおかしい、自衛隊違憲だという立場だろうと思います。政府の憲法解釈に、もしわかりにくい点があるとすれば、自衛隊は合憲であるというところから出発しているからでしょう。
(中略)
自衛権があっても、自衛のための措置を講じることができなければ、意味がないわけですから、自衛のために―国民の生命、財産を守るためにと言ったほうがいいのかもしれないですけれども―、必要最小限度の実力組織を有し、武力攻撃を受けた時にそれを排除するための必要最小限度の実力の行使ができる、この点が政府の憲法解釈がもっとも、大方の憲法学者と異なるところだろうと思います。


 と語られていて、つまり「憲法の文面をふつうに読んだ場合」(憲法学者)と、「実践上どう考えても必要なことができるように解釈を工夫して読んだ場合」(政府)との間にはズレがあるということだ。この第2項の問題の大きさからすれば、第1項に照らして集団的自衛権の行使が認められるかどうかというのは派生的なレベルの問題であって、些末な議論だという気もしてくる。


 昔、大学の授業で、「前項の目的を達するため」という文言がなぜ挿入されたのかについて、その経緯と意図を調べた研究が紹介されていたが、内容は詳しく覚えてない。いわゆる「芦田修正」というやつで、ネット上の解説(リンク)によると、この挿入によって「自衛のためにであれば戦力は持てる」という意味に変えたかったらしいのだが、どう読んだって日本語の文言としてはそうはならない。「前項の目的に反するような」とかなら分かるのだが。*6
 まぁ日本国憲法なんて、戦後のどさくさの中でアメリカ人が勢いで作って、日本人が勢いで訳した文書なのだから、「あまり内容は詰まってない」と理解して差し支えない。憲法前文が典型的だが、趣旨以前にそもそも日本語の文章として変だし。いわば「たたき台」(あるいは占領下で一時的に用いる「間に合わせ」の文書)みたいなレベルのものを、70年近く使い続けてるわけである。


 そこでじゃぁ、現実に合っていない文章に現実を合わせるのか、現実に合うように文章を書き換えるのかが問題になるのだが、常識的に考えて現実のほうが大事だし、占領下で米軍の指導によって制定された文章にこだわるという選択肢はないだろう。
 もちろん、その文章に従って半世紀以上にわたって国政を運営してきたという、現実の積み重ねが一応あるのだから、全てをチャラにする必要はない。というかチャラにするのもおかしい。
 ただ9条2項については、過去半世紀にわたって堂々と破られたままであり、常識的に考えてこんなもの破らないと生きていけないのだし、国民もべつに武力を完全放棄しようとは思ってない(9条2項を守る気がない)のだから、「憲法が既に死文と化している」のだと理解して文言のほうを変えることにしても、暴挙とはいえないだろう。べつに9条第2項を取っ払っても、

  • 侵略戦争はしてはいけない
  • 自衛のための武力を保持している


 という現状に何も変更はない。
 ただ、いまの安倍政権は大衆民主主義のなれの果てみたいな代物なので、べつに安倍政権憲法改正をがんばってほしいとは思わないが。


 ところで、日本国が武力行使をするのは「自衛のため」と「侵略のため」の2種類しかないかというと、そのどちらとも言いがたい国連の集団安全保障措置という問題があるのでややこしい。つまり、世界のどこかに侵略的な国が現れた時に、国連軍とかを組織して、「みんなで叩き潰しに行くから日本もついてこい」と言われた場合だ。これが、国際秩序の維持には必要な行為であったとしても、そして長期的には日本の国益になるのだとしても、たとえばものすごい遠い地域の出来事で、日本の防衛という観点から見て「急迫・不正の侵害」とは言えないような場合に、そこに参加して武力行使ができるのかという問題である。


 憲法上、「そんなことできるわけないだろ」と言う人が多いと思うのだが、安保法制懇の報告書(リンク)では、

軍事的措置を伴う国連の集団安全保障措置への参加については、上記I.で述べたとおり、これまでの政府の憲法解釈では、正規の国連軍については研究中としながらも、いわゆる国連多国籍軍の場合は、武力の行使につながる可能性のある行為として、憲法第 9 条違反のおそれがあるとされてきた。しかしながら、上記 II.1.(1)で述べたとおり、憲法第 9 条が国連の集団安全保障措置への我が国の参加までも禁じていると解釈することは適当ではなく、国連の集団安全保障措置は、我が国が当事国である国際紛争を解決する手段としての武力の行使に当たらず、憲法上の制約はないと解釈すべきである。


 とされており、現行憲法でも武力行使OKという立場になっている。まぁたしかに、集団安保措置への参加は侵略ではないので、9条1項によって禁じられてないと言われればそんな気もする。ちなみに、2項について上記報告書は芦田修正の「侵略目的の武力は持たない」と理解する立場をとっている。
 しかし「国際紛争」の前に「我が国が当事国である」という限定を勝手につけてもいいのかという疑問はある。これは報告書を読むと、マッカーサー原案から取られているのであるが、憲法の条文からは読み取れないので、屁理屈感はある。


 なお、先ほども触れたように、朝日新聞の記事では今回の解釈変更で集団安保措置への参加もOKになったと書かれているが、ロジックはよく分からない。閣議決定の文面からすれば、日本の防衛上の必要性が薄い場合は、参加できないと思うけど。

そんなに騒ぐことなのか

 以上まとめると、集団的自衛権の行使そのものは、実践上の話としては認められたほうがいいだろう。だってあくまで自衛権なんだし、選択肢は多い方が良い。そもそも今回認められたのも、日本の防衛上どうしても必要な場合の行使だけなので、どうしても必要な場合はそりゃ必要だろうということで議論は終了してしまう。あとは具体的なルール作りとか個別の判断を間違わないように気をつけることだ。


 ただし、「解釈の解釈の変更は、解釈の変更には当たらない」というのは詭弁だから「解釈を変更します」と言うべきだし、内閣法制局長官のすげ替えというのはいかにも強引で、禍根を残しかねない。「戦後レジーム」に間違いが多かったとは言え、過去との連続性を重視して手続きを進めるという態度も大事であるはずだ。
 また、強引であるか否か以前に、高校の授業でもたしか習ったように憲法判断を下せるのは裁判所であって内閣法制局ではないのだから、閣議決定やら内閣法制局見解の変更をしとけばOKみたいなノリがそもそもおかしいとも言える。
 もちろん、日本の場合はいわゆる付随的違憲審査制を取っていて、具体的な訴訟が起きない限り裁判所が判断を下すことはないので、実践上は政府がいろいろ解釈しないといけないのは確かである。また、憲法9条で改正が必要だと思われるのはどちらかといえば第2項の方であり、集団的自衛権の問題はどちらかといえば第1項から導かれる「自衛のために必要な最小限度の措置」に含めていいかどうかという話だから、憲法を改正しなければ行使は容認できないという話になるかというと、そういうわけではない。もともと「行使できない」という判断も「解釈」なのだから。
 ただ、これだけ揉めるのだから、裁判所の判断が出るか、憲法から明示的に読めるようになるまでは、集団的自衛権の行使がOKかどうかはあまりハッキリしていないと考えるべきだ。内閣が替わって別の「解釈」を出すことも可能なわけだし、裁判所が別の解釈を示したらそっちが優先される。そんなあやふやなものに基づいて今後の法整備を進めようとしていることが、問題だといえるだろう。


 ところで私は、冒頭で言ったように、そもそも集団的自衛権ごときでそんなに大騒ぎする必要あんのかって思ってしまった。その理由は大きく分けて、以下の3つ。


 1つ目は憲法上の論点としてもっと重要なものがあるのではということ。
 上述のとおり、集団的自衛権を認めるかどうかというのは憲法9条1項の問題であり、「自衛」の範囲に含まれるかどうかという話に過ぎず、これは戦力の放棄を謳った2項の問題に比べれば大したことではないのではないだろうか。
 また、9条1項の問題としても、(日本の防衛上、喫緊の問題ではないような)集団安全保障措置への参加をどう読むかのほうが難しいと思われる。集団的自衛はあくまで自衛のための措置なので、論理としては正当化が比較的簡単だろうと思うのだ。ただもちろん、今回のようなたかだか閣議決定では後でひっくりかえる可能性もあるから、論理以前に環境整備をまず進めて欲しいけど。


 2つ目は、べつに集団的自衛権が認められていなくても、日本は危険なことをしでかし得るということだ。最も顕著な例がイラク戦争で、あれはアメリカの侵略戦争でありフランスやドイツも反対していたものだが、日本はホイホイ支持を表明して間接支援を行い、アメリカによる国際秩序の破壊行為に荷担したのである。
 こうなってしまう原因の一つとして、日本人が「憲法9条」の問題を(それを支持するにせよしないにせよ)過大評価しているというのがあると私は思っている。何が事が起きるたびに、我々は「憲法9条に照らしてOKか」の議論にばかりエネルギーを使っているのだが、その結果として、海外で起きている紛争について「この戦いは、国際法に照らして、どちらに理があるのか」を考える習慣が身についていないのだ
 今回のように集団的自衛権ごときで大騒ぎしているようでは、また当分「内向き」の文化が続いていくんだろう。べつに集団安保活動に参加できるようにして世界の平和に積極的に貢献すべしとかいうわけではないのだが、外国で事変が起きたときに「もし日本にも助けを求められた場合、憲法9条的にどうなのか」ばかり気にして、侵略と自衛の区別をつけて国際法上の「正義」について考えることができないというのは、相当ヤバい。そのせいで、イラク戦争や今回のウクライナ事変のようなことが起きたときに、判断を大きく誤り得るからだ。


 3つ目は、これも「内向き」の文化に関係する話なのだが、国際情勢がめちゃめちゃ複雑化・不確実化していて、戦後かつてないレベルで「自衛」そのもののが難しい課題となっているときに、集団的自衛権の是非ごときで大騒ぎしてていいのかということである。
 これは中野剛志さんがメルマガで書かれてた問題だ。(リンク)、今の世界の問題はアメリカのパワーが衰退して、世界を仕切れる国がなくなってしまったということだ。アメリカにはもはや、世界のあちこちで戦争を仕掛ける余裕も、日本を守る余裕もなくなっている。一方、中国やロシアは膨張を開始し、中東はまた不安定化している。それなのに、集団的自衛権反対派は「アメリカの戦争にまきこまれる〜」と騒ぎ、賛成派は「これで日米同盟が強化される〜」と喜んでいる。
 まぁ、戦争に巻き込まれる可能性も、日米同盟が強化される可能性も、それはそれであるからべつにいいのだが、騒ぐ前にもっと調べたり考えたり決めたりすべきことが山のようにあるんじゃないのか。我々がもし、憲法9条も何も無い「普通の国」であったとしても、これから自国の安全保障のためにどうしていったら良いかはよく分からないのだ。戦後の世界で「仕切り屋」がいなくなるという事態は初めてなんだから。ふつう、見通しがきかない霧の中でワーワー大騒ぎできる奴というのは、気が狂っているか、もしくは普段から1m先ぐらいしか見ていないかのどっちかだろう。

*1:というかそもそも、「解釈改憲」などという手続きは存在しないけど。

*2:結局その根拠としては、反対論が収まることはなかなかなさそうだから、憲法改正か、裁判所の判断ということになるのだろう。その限りでは「憲法を改正すべし」という主張には妥当性がある。

*3:ちなみに「国際紛争」というのは武力衝突のことを指しているのではなく、「もめごと全般」を指している。つまり、国家間で利害が対立したとき、その解決のためにいきなり武力を持ち出すのは「侵略」であり、それはやめましょうという意味だ。

*4:つまり、日本国憲法だけの独自の用語法なのではなく、定番の言い回しだということ。

*5:まぁ、アメリカに守ってもらうということなのだろうけど。

*6:Twitter経由で、憲法13条の幸福追求権が根拠となって、必要最小限の戦力の保持が認められているという指摘を頂いたが、その話は知っている。しかし憲法13条をどれだけ重視したところで、9条2項は明示的に戦力放棄を謳っているのだから、矛盾が生じているという事態に変わりはないと思う。