The Midnight Seminar

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鈴木哲夫『政党が操る選挙報道』(集英社新書、2007年6月)


 2年前の総選挙で自民党は300近い議席を獲得した。この歴史的大勝は、もちろん国民が自民党を評価して投票したことによるのだが、国民が何によって自民党を評価したかといえば、メディアが報道する(あるいは街頭で演説する)候補者の声と、メディアの上で政治を評論する専門家の声だ。
 で、本書が明らかにするのは、それらの「声」がともに、「自民党・コミュニケーション戦略本部」(以下「コミ戦」)によって巧妙に演出・操作・管理されたものだったのだということである。90年代以降の各党の「広報戦略」の歴史も紹介されているが、本書のメインテーマはやはり2005年の「郵政選挙」である。
 もちろん、政府与党が直接的に“言論統制”を敷いたわけではないが、国民は、マスコミを通じた自民党の広告宣伝・イメージ戦略にまんまと引っかかったのだ。テレビ関係者も、「郵政選挙が終わって初めて気づいたが、結局私たちは(2005年の)ゴールデンウィーク明けから、小泉さんにハメられていたんだな、と」(p.170)、「なんか全部思うようにやられてしまったという敗北感のようなものがある」(p.236)と語っている。


 小泉政権は2001年の発足直後から、週刊誌、スポーツ紙、ワイドショーなどの大衆的なメディアに積極的に働きかけてきた。小泉元首相の秘書官・飯島勲が、「主婦や茶髪の若者。実は政治的に無関心とされるこうした層こそが数も圧倒的に多く、そこに小泉を売り出し支持率を上げることが重要」(p.20)と語っていたように、広報ビジョンは始めからある程度明確だった。
 ただ、自民党は従来からポスターの制作などは「電通」に丸投げしていて、総選挙時の演説のセリフなどもすべて候補者が自分たちで勝手に考えていた。長らく政権与党の座にいたから、党として本格的に広報戦略を練ったことなどはなかったようだ。この無策ぶりに疑問を感じて、「コミ戦」設立の仕掛け人となったのが、参院議員の世耕弘成(NTTで9年間広報に携わり、98年に初当選)である。


 世耕は2001年ごろから具体的な構想を練り始めたらしい。2003年9月に発足した「党改革検証・推進委員会」での議論を経て、2004年4月の統一補欠選挙で、自民党は実験的な意味も込めてPR戦略の抜本的な見直しを始める。責任者は世耕だ。この選挙では、外資系広告代理店を選挙対策本部に参加させ、応援演説や候補者の身なりまで中央で一元的に管理して臨んだ結果、補選が行われた3つの選挙区すべてで自民党が勝利した。
 そして2005年1月には、自民党のPR戦略を担う広告代理店をコンペで選び(選ばれたのは「プラップ・ジャパン」社)、同年8月の「郵政解散」直後に「コミ戦」が正式に発足したわけである。


 「コミ戦」のメインターゲットはやはり“テレビの視聴者”であった。解散後2週間の自民党のテレビ露出率は民主党の3倍(p.173)で、アンケートをとると、じつにバカバカしい話なのだが、テレビを見ている時間が長い人ほど自民党支持者が多かった。逆に、テレビを1日に30分未満しか見ない人の中では、民主党支持者のほうが多かったという。(p.103)


 「小泉チルドレン」の「くノ一候補」(女性刺客)として有名になったのは、経産省キャリア官僚出身の片山さつきとエコノミスト出身の佐藤ゆかりだったが、片山の「この静岡に骨を埋めます」「本籍も移しました」や、佐藤ゆかりの「この岐阜に嫁ぐ気持ちでやってきました」といったセリフは、落下傘候補でしかも地域軽視の発言をしていた2人に対し、「コミ戦」が厳しく指導して、原稿を用意して言わせたものだったらしい。もちろん他の候補者の演説も、「コミ戦」本部が一元的に管理していたし、評論家が新聞やテレビで郵政民営化に批判的なコメントをすると、「コミ戦」のスタッフがすぐに出向いて丁寧に反論した。また、個性的なキャラを持った「小泉チルドレン」たちを、候補者として一斉に世に送り出すのではなく、4段階に分けて登場させたのも、テレビで「自民党の新候補者」の話題を長きにわたって取り上げさせるための戦略だった。


 自民党のマニフェスト、候補者演説、キャッチコピーなどの内容は、よく考えれば筋も通っていないし矛盾だらけのものだったのだが、それでも“印象”に残りさえすれば良いというぐらいの方針だったようである。自民党は、政策論で訴えるつもりはなかったのだ。
 そういう単なる「イメージ戦略」にまんまとハメられてみんな自民党に投票したのだから、やはり有権者というのは大半が馬鹿だったらしい。ただし、本書で著者・鈴木が言いたかったのは、有権者は愚かだということではなく、視聴率稼ぎのために自民党に偏った報道をして、結果的に自民党の策略に乗ってしまったメディアは反省すべきだということである。


 私は、この著者のメディア論や民主主義論は思想的に平凡すぎると思う。ただ、自民党の世耕をはじめとする政界関係者やメディア関係者などにインタビューして得た、具体的な発言・情報がたくさん盛り込まれていて、非常に面白く読める本ではある。


政党が操る選挙報道 (集英社新書)

政党が操る選挙報道 (集英社新書)