The Midnight Seminar

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高橋伸夫『虚妄の成果主義』

虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ

虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ


 ベストセラーになった、「成果主義」批判の書である。
 第1章は成果主義を批判した講演の資料がもとになっているらしく、それだけでひと通り話は完結している。2章以降は1章を補強するための経営学的な議論と思えばいい。
 第1章はいい意味で扇動性があって、紹介されるエピソードなどはほとんど感動的とも言える。第2章以降は経営学説・理論の整理になっていて、要するにマジメに経営学を勉強してみれば「成果主義」を排して「日本型年功制」を復活させるのが最も合理的であるとわかるじゃないか!という内容。
 論証性や実証性はまぁ不十分で、もっと理路を整理することも可能だろうと思ったが、一般向けの啓蒙書なのだから厳密さにはこだわる必要もない。


 本書の主張を整理しておこう。
 「成果主義」とは、(1)できるだけ客観的にこれまでの成果を測ろうとする。(2)成果に連動した賃金体系で動機づけを図る。……という2つの条件のいずれか1つ、もしくは両方を満たす全ての試みであると定義される。そしてその試みは“すべて”誤りであると著者は言い、「日本型年功制」の復活が唱えられる。
 「成果主義」と「日本型年功制」の対比において注目されるのは、「外発的動機づけ」か「内発的動機づけ」か、「短期志向」か「長期志向」か、そして「個人重視」か「組織重視」かの3点である。
 まず動機づけ理論に関しては、テイラーの「科学的管理法」やブルームの「期待理論」が採る「外発的動機づけ」の理論には限界があることが露顕して、ハーズバーグの「動機づけ衛生理論」を経てデシの「自己決定論」に至り、「内発的動機づけ」の方が重要であることが判明した、という学説史的な流れが詳しく説明されている。
 この学説史を前提として、著者は次のように結論する。<成果主義>は、「外発的動機づけ」の理論を前提としている時点で学問的に誤りであり、過去(または現在)志向的かつ個人主義的だから、組織力を衰弱させ、ひいては企業活力を減退させる。他方<日本型年功制>は、「年功ベースであるが、能力によって差もつく賃金システム」であり、かつ「金銭的報酬ではなく、功労者には良い仕事を与えることで報いるシステム」のこと。これは強靭で安定した組織力を育てるという未来志向的な経営であり、「内発的動機づけ」を重視している点でも正しく、最も合理的である。


 論理の流れはこういうことなのだが、先に述べたように十分に整理されているとは言い難い(上のまとめは、私なりの言い換えをしてある)。しかし、素朴な常識に訴えるような主張をしているわりに刺激的な内容が多いし、私は経営学の本などほとんど興味がないし読まないからそれぞれのエピソードが新鮮で、楽しく読める本だった。
 金銭的報酬が作業の生産性を“低める”という実験結果。アメリカの有力企業の「創設者」たちは日本的経営に似た理念、つまりすべての社員が安心して生活を送ることができるように保障するという理念を持っていたという事実。日本的経営を批判したり絶賛したりとコロコロ変わる海外の評価にただ追随するばかりの日本人経営学者の情けなさ。日本型年功制は単純な年功序列ではなく、能力による賃金格差は以前からあるのであって、80年代ですら40代の会社員の4分の3が「賃金体系は能力主義的だ」と感じていたという調査結果。……などなど。
 記憶しておくべき知識が満載です。