The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。このブログの裏で始めた統計&プログラミングのブログのほうがアクセスが伸びてしまい、こっちが裏みたいになってます。

ウィリアム・H・ダビドウ『つながりすぎた世界』(2012年)

※間違えてブログを5本ぐらい削除してしまったので、再度掲載。


つながりすぎた世界

つながりすぎた世界


 インターネットが社会を不安定化させている?
 インターネットが人々のコミュニケーションの密度を高めて、社会を「過剰結合」(overconnected)状態に追いやった結果、ちょっとしたことが予測不能な連鎖反応を引き起こすようになり、社会システムが全体として危機に陥りやすくなっているのではないか?というのが著者の基本的な考えだ。特段目新しいアイディアではないと思うのだが、去年の震災で問題になった「デマの拡散」みたいなものとも関係があって、ちょっとタイムリーかもしれないと思って読んでみたものだ。

 結論からいえば、あまり深みのある議論にはなっていないので参考にはならないが、インターネット悪玉論の一種としてこういうことを言ってる人がいたということぐらいは話題に上ることもあるのかもしれない。

 著者はIT企業からベンチャーキャピタルの投資家に転身した人で、主たる関心は、リーマンショックのような金融危機が、インターネットのようなコミュニケーションツールの発展によって加速されているのではないかという懸念だ。

「2008年に世界経済を襲った深刻な金融危機の原因は何だったのか。多くの人がいまも検証を続けているが、その答えは「インターネットという名の非常に緻密に張りめぐらされた情報網だった」と私は断言する」(p.61)

 「もちろんインターネットがなくても、あんなずさんな融資をしていればある程度の景気後退は避けられなかっただろう。しかし全容こそわからなくても、インターネットのせいで金融危機が深刻化したことはまちがいない。インターネットは情報を伝達しただけではなく、「思考感染」——強欲とデマが広がること——のスピードまでも未曾有の水準に加速させたのだ」(p.16)


 インターネットが加速する金融危機
 例えばサブプライムローンの問題については、住宅バブルを背景に支払い能力のない国民に安易な貸し出しが行われたとか、その債権が様々な証券化商品に紛れ込んで市場に拡散していったとか、格付け会社の査定が甘かったとか、アジアで低金利で調達された資金がバブルを加速したとか、投資銀行が調子にのってレバレッジを利かせ過ぎたのだとか色々言われていて、著者もその概要をカンタンに説明している。そういう通り一遍の説明はそれとして、著者の議論のポイントは、サブプライムローン問題のどの要素をとってみても、インターネットが存在しなければここまで加速することはなかっただろうということだ。

 たしかに、売買契約も資金の決済も、インターネットが存在することで格段にスピードが上がっているわけだから、インターネットが存在しなければバブル的な暴走が今よりは起きにくかったはずだと言われれば、まぁそうなのかもという気はする。

 著者によれば、サブプライムローンにおいては、取引がインターネットによって過度にスムーズになっていたばかりか、不動産の鑑定もけっこういい加減になっていて、鑑定士はインターネットでその物件や地域情報を検索するのみだった。しかも、インターネットがあったおかげで、鑑定を依頼する側も多数の鑑定士を比較することができるから、高い鑑定を出してくれそうな鑑定士に仕事が集まるようになり、結果的に鑑定額はどんどん吊り上がっていったのだという。

 アイスランドの銀行が高金利を掲げて各国から資金を集め、無謀な運用を行って国ごと破綻した件についても、もとはといえばアイスランドが世界で最も早くブロードバンドを普及させた国であり、インターネットバンキング等によって外国から預金を集め出したのが出発点であった。著者は、漁業ぐらいしかやったことのない国が、国営銀行の民営化など改革機運の中で浮き足立ってにわかに金融で稼ぐことを覚えてしまい、素人銀行家が無謀な経営でバブルを引き起こした経緯を解説しているが、ここでもそもそもインターネットが資金の流動性を高めたことが問題だったと言っている。


 ポジティブ・フィードバック(正のフィードバック)
 著者のロジックは、過剰結合の話の前に、まず社会や市場といった大規模システムにおける「正のフィードバック」の話から始まっている。例えば金融バブルは一般的に、投機が価格を上昇させ、上昇した価格がさらなる投機マネーを招き、さらに価格が上がって……というフィードバックループによって加速していって最後に破綻するけである。

 一般論として、ある程度複雑なシステムが何らかの意味で正のフィードバックループを持っていると、そのループの強度がどんどん高まっていき、ある点を超えるとシステム全体が一気に不安定になるということである。金融システムに限った話ではなく、たとえばTwitterが普及しまくると炎上やデマの蔓延が生じやすくなるというのも同じ話だ。こういうフィードバックループの発生を、インターネットが強化して、様々な社会システムを不安定化させているのではないかと著者は言っているわけである。

 もちろん著者は、インターネットが「負のフィートバック」をもたらすという点も(ちょびっとだけだが)指摘はしている。金融市場の透明性が高まれば不正がしにくくなると言っている一箇所だけなのだが、多様な情報がインプットされることによって暴走にブレーキがかかるという面も一般論としてありそうである。しかしそれについてはほとんど議論されておらず、本書ではひたすら、正のフィードバックがシステムを不安定化させるのだという話が語られている。

 事の本質は、金融バブルに限らず、情報の流通速度が上がると、「システムが一方向に暴走しやすくなる」のか、それとも「チェックアンドバランスみたいなものが働いてシステムは安定する」のか、あるいはその両者がどういう組み合わせで作動するのかという話だと思うのだが、そういう議論にはなっていない。


 つながりを弱めるべき?
 ところで世界の「つながりすぎ」が問題なら、つながりを弱めるしかないという話になる。著者は実際に、金融市場などではレバレッジに対する制限など各種の「規制」を設けることで対応していこうと言っているのだが、「インターネットによって人々がつながりすぎることへの対策」としては、具体案と呼べるものは提案されていない。

 ただ、大ざっぱな考え方のレベルで、いくつかの論点を提示している。たとえば、そもそもインターネットって規制が少なすぎるんじゃない?という話だ。

 「交通社会では自動車にバンパーの装着が義務づけられ、道路には速度規制が設けられ、積載量によって侵入経路が決められているというのに、インターネット社会では今日にいたってもまだ何の規制も管理もされていないのだ。いったいなぜ、このようなことが容認されているのだろうか?」(P.67)

 まぁ何の規制もないというわけではなく、日本の場合だと著作権法とか資金決済法とか特定商取引法とか様々な法律で、間接的にネット上の取引が制限されてるとは言える。ただ、著者が問題視しているのは、資金の流動性みたいな話に加えて、そもそもインターネットで伝わる情報のスピードが「思考感染」を引き起こし、バブルやパニックの原因になるという点である。これは、規制できるんだろうか?

 たぶん、言論の自由みたいなものと直接衝突する話になってしまうので、クルマの速度を制限するノリでネットユーザーのコミュニケーションに速度制限を設けようなんて話にはなりにくいだろう。いくらデマ拡散の事例が豊富にあったって、「だから発言を控えましょう」なんて話が簡単に世の中に受け入れられるはずがない。

 余談だが、この「なんか放置するとヤバイ気もするけど、いきなり規制したらみんな怒るよね」というのは、ひょっとしたら自動車が登場したときも同じような感じだったのかも知れない(まぁ交通は人命がかかってるので、ネットの情報流通を規制するのとはわけがちがうかも知れんが)。クルマが少なければ体系的な交通ルールなんて必要ないわけだから。私の祖父の時代でも、運転免許をもらうのに複雑な交通ルールを覚える必要などなく、免許というのは申請すればもらえるレベルのものだったと言っていた。実際祖父は、道路標識などを守る気があまりなく、私が知っているだけでも2回横転事故を起こしている(1回は私の母が同乗しており、もう1回は祖母が同乗していた)のだが、昔はああいうノリで良かったんだろう。

 著者は、「つながりすぎ」への具体的な対策を考えるのは後にして、ひとまず基本的な態度の変容が必要だろうと提案している。

 「過去数世紀を通じて、人間はつねに危険を冒して機会に挑んできた。だが私は思うのだ。潮目は変わった、いまや危険回避に重きを置くべき時だと。」(P.212)

 つまり、リスクを顧みず挑戦することでイノベーションを起こし、社会を進歩させていくという歴史のステージはいったん終わったと判断しようではないかということである。これからは、「イノベーション」や「多様化」ではなく、「コントロール」や「安定化」を重んじた社会経済運営を心がけるべき時代がやってくる(きた)のだという、大まかな判断である。まぁそれは、そう言える面があるかも知れない。ただ、話のレベル感が壮大すぎて何とも反応しようがないと思うが……。


 もっと深掘りを
 本書は基本的にアイディアレベルの本で、唸らせるような議論は何もない。そもそも、インターネットが金融などの世界で正のフィードバックを高めてバブルを生じやすくさせているというメインのテーマについても、さほど丁寧に論証されているわけではなく、雰囲気的な主張が続いていく感じだ。ここまで書いてきて思ったが、これって、レビューするほどの本ではなかったなという気も……。

 しかし、世界がインターネットによって「つながりすぎている」ことで、様々な場所で不安定性や脆弱性が生まれているのではないかという論点自体は、本当は、それなりに深掘りするに値するものだとは思う。

 著者は明確に整理していないのだが、本書の中にも、「つながりすぎ」がもたらす危険性としては2種類のものが登場する。一つは、フィードバックループによってシステムが暴走するというバブル的な危険性だが、もう一つは、組織の「硬直化」の問題である。

「今日の過剰結合社会では、正のフィードバックによって次々に専門化が進み、それがやがて脆弱性をもたらす。」(P.47)

 ここで言っている「脆弱性」とは、硬直性のことだ。いわゆる「イノベーションのジレンマ」みたいな話で、成功した企業はその成功モデルをひたすら強化するサイクルに入ってしまい、基本的な環境の変化が起きたときに柔軟に対応できなくなるという、ありがちな説である。著者は、メインフレームで世界最強の地位を築き上げたIBMや、製鉄業で急速に栄えたピッツバーグという都市が、一分野に特化した結果として脆弱な組織/都市になってしまい、手痛い失敗を経験したという歴史を紹介している。

 成功モデルに従い組織が成長する → 選択と集中が進み多様性を失う → 基本的な環境の変化が起きる → 硬直した組織では対応できずに滅びるというパターンは、人間社会のあらゆるところに見いだせる歴史法則みたいなものだ。インターネットみたいなコミュニケーションツールは、今のところはこういう硬直化を避けるための「負のフィードバック」のツールとして認識されていると思うけど、それがある局面では逆方向に働くこともあるんじゃないかというのは、面白い議論になりそうな気がする。