The Midnight Seminar

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戦時下にも政府やマスコミの煽りに騙されなかった人々

 ↓この記事を読みまして・・・

 半藤一利氏 『昭和史』 (ちきりんの日記)


そして、もう日本が全くお話にならないくらい負けて疲弊して食べるものもなくて死にそうになっていた1945年7月28日、前日に届いたポツダム宣言について各マスコミが報じた内容は下記です。(これ、原子爆弾が落ちる前です。ポツダム宣言をすぐに受諾し敗戦に持ち込んでいたら、原爆を落とす余地を与えずに済んだ、というタイミングです。)


讀賣報知新聞 「笑止 対日降伏条件: 戦争完遂に邁進。帝国政府問題とせず」
朝日新聞 「政府は黙殺」
毎日新聞 「笑止! 米英蒋共同宣言、自惚れを撃砕せん、聖戦を飽くまで完遂」


「“笑止”はないんじゃないの?」と思いますよね。この時期には南方に送られた兵士の多くが戦う前に(食料不足で)餓死しつつあり、弾も燃料も無くなった日本軍は若者に「志願」させて、敵艦に突っ込ませるという特攻隊で戦争を続けていたというのに。


マスコミも軍部も政治家も、日本のリーダー達は、続々と無駄死にしていく若者のことなど一顧だにせず、この期に及んでまだ能天気な煽りを続けていたわけです。死んでいく若者のことなんて全く眼中になかったのでしょう。


 ここでまた、作家・山田風太郎の『戦中派不戦日記』の同時期の日記を思い出しました。シリーズで出てるやつですが、唯一文庫化されてるのが『戦中派不戦日記』で、戦争が終わる昭和20年の1月〜12月の日記をまとめたもの。
 戦争中、都内で医学生をやっていた風太郎は*1、かなり詳細な日記をつけていて、東京大空襲の記録なんかもう、さすが後に作家になる人だから描写が細かくてめちゃくちゃ読み応えのある文章になってるわけですが、それは当時の雰囲気の、ちょっとべつの面が見える記録なわけです。


 「アホで邪悪な政府とマスコミに、当時の国民はみんな騙されてうんぬん・・・」という話はよくきくわけですが、風太郎の日記を読んでると、ただの学生連中であっても賢いやつらは、新聞やラジオなどの限られた(そして嘘の多い)情報を精査して、かなり冷静に事態を分析していたということが分かる。そういえばこないだの震災直後に、「マスコミはダメだ、今はツイッターだ」的な話がありましたが、それと似たような感じかもしれない。(ツイッターが結果的にどこまで正確だったかという、実質的な評価の話はともかくとして。)


 昭和20年の2月の時点でも、

山下将軍麾下(きか)の将兵の死戦、政府の渾身の努力はわれら知る。されど政府なお国民を欺かんとするや。何ゆえ比島戦線は日本生死の一戦なり、しかれども米の鉄量圧倒的にしてついに吾ら今や敗れんとす。国民よ、日本は敗れんとするなり、愛すべきただ一つの祖国抹殺せられんとするなり。日本なくして日本人いずこに住むべきぞ。吾らは血をしぼり汗をすするも米に食い下らざるべからず。現状は然り、米軍の力は然り、我が国力は然りと、何ゆえすべてを国民の前に正直に、赤裸々に吐露してその激憤を求めざる
(2/4の日記)


 というようなことが書いてあるし、大空襲の一週間後には、

このごろ東京都民ことごとく戦々兢々として、仕事も何もウワのソラなり。東を向くも西を向くも敗戦論ばかり。日本が勝つというのは大臣と新聞の社説と神がかりと馬鹿ばかりのごとし
(3/17の日記)


 とある。
 広島に落とされたのが原子爆弾であるということも、政府は「新型爆弾」とか言ってこまごまと発表しなかったと思うけど、理系の学者とかには普通に分かっていて、8月11日には風太郎が通っていた医学校で教授が、それがウランの核分裂を応用した原子爆弾であるという話を講義で語っている。8月12日には、雷が鳴ると誰かが「原子爆弾だ!」と叫ぶという冗談まで飛び出す始末だ。
 そういえば作家の高見順も、広島に落ちたのが原子爆弾であるということを、8月7日には義兄から聞いたと日記に書いてるらしい*2


 で、今回思い出したのは、昭和20年夏の段階にいたって国民は疲弊しているのに政府が「この期に及んでまだ能天気な煽りを続けていた」という冒頭の記事とは、ある意味逆の話が風太郎の日記に載っているということ。
 ↓の引用は8月10日の日記で、ソ連が侵攻してきた翌日です。長いですが要するに、一億玉砕とか言っておきながら政府はソ連に仲裁を頼んでたことが分かり、しかもソ連が攻めてきても特段動きをみせない様子を見て、風太郎的には「国民というより政府がもはややる気なくしてるのでダメだこりゃ!」って感じになったようです。

(略)
ソ連政府の宣言の中に次のごとき意味のことがある。「日本は、米、英、重慶の降伏勧告を拒絶した。これによって、日本がソビエトに、極東戦争の仲裁を依頼したことの誠意が疑われる。これゆえにソビエトは、侵略国たる日本を世界平和のために攻撃する」
 われわれを愕然たらしめるのは、ソ連の宣戦布告よりも、この傍点を打った文句(※点が出ないのでイタリック体にした)である。
 三国がポツダムで宣言したのは、日本の無条件降伏である。日本がソ連に依頼したのは仲裁である。話が違う。降伏を拒絶したのが、どうして誠意がないことになるのか。ソ連のいいぐさは、強引で卑劣な三百代言的言葉のあやにすぎない。
 ――と、怒って見ても、しかし始まらない。こういういいがかりをつけられるのも、実は日本政府自身がまねいたことなのだ。
 そんな事実(※ソ連への仲裁依頼)があったのか。国民は何も知らずに戦って来たのだ。――ともいえない。松岡洋右がその交渉にソ連にいっているとかいうような噂は、大分前から田舎の隅まで広がっている。ただし、素朴な国民の大半は、こんな噂を九分まで疑念を抱いてきいていたけれど。――しかし、これが事実なら、これほど重大な秘密が下層にまで洩れていたのは、恐るべき事実ではあるまいか
 国民に戦意がないと叱る。しかし戦意のないのは誰であるか。上層の十人に秘密が中層の百人に洩れ、下層の千人に伝わるならば、上層の十人の戦意喪失は、中層の千人に、下層の万人に広がるのは当然ではないか。
 それならば、なぜ戦争を始めたのか。政府の宣言する如くんば、この戦争は自存自衛の聖戦であるという。それならばなぜその信念に殉じないのか。
 血みどろになって、飢餓と爆撃の中に黙々と新聞を信じて戦っている国民の哀れむべきかな。
 ソ連の仲裁が実現出来たら、それは好都合であろう。しかしソ連はほんの二、三年前まで日本の仮想敵ではなかったのか。日本はソ連の敵ドイツの同盟国であり、ソ連の同盟国米英の敵ではなかったのか。こんなことが可能だと考えるのは正気の沙汰ではない。江知の老婆がソ連に頼むとか何とか智恵を出したが、政府もまたあの無知な一老女と同じ程度の稚気満々たる頭しかなかったのか。
 いかに苦しまぎれとはいえ、馬鹿々々しくて悲憤する張合いもない。


○突如、電撃のごとく痛みが体内を走る。政府にして右のごとき心ならば、遠からず日本は降伏するであろう。必ず降伏するであろう。
 吾らは何をなすべきか?
 (8/10の日記)


 そしてこの翌日には、例の原爆の話が出てきて、

 (略)佐々教授のいえるは、敵が今回広島に使用せる爆弾を指せるなり。原子爆弾なりと伝えらる。ウラニュームを応用せるものか。(略)とにかくそれが原子爆弾なりとせば、威力はまさしく恐るべきものになるに相違なし。
 余は、日本の命脈があと二、三ヵ月のごとく感じ、昨夜せり。しかれども若しこれが事実ならば、あと十日とすら思う。ここまで切迫せりとは愕かざるを得ざれど、敵が原子爆弾を使用せる以上、戦争は真に無益なりといわざるべからず。
 残念なり。無念なり。
 無念なれど、完全なる「科学の敗北」なり。


○ソ連八日に宣戦してすでにきょう四日目、日本政府の沈黙せるは何ぞや。宣戦するでもなし、帝国政府声明すらもなし。総理大臣談話も情報局発表もなきは何ぞや
 戦争は気合のものなり、間髪を入れず相起つところにあり。日本、ドイツ宣戦せるときは、すでに大軍敵地へ深くくさびを打ち込みありしは過去の証するところ。ソ連八日に宣戦して九日に進撃を開始す。正々堂々たるがごとくして、実は吾の内兜を見すかせしなり。しかもなお吾は黙して敵の進入を許しつつあり。
 然り、吾は内兜を見すかされたり。講和調停の役を申込みたるはすなわちそれなり。政府も好んでこれをやりたるにあらざるべし。それ相当の理由ありてやりたるに相違なし。果たして然らば、ああ万事休す!
 何かある。この何かは必ず近日中に現われん。
 とにかく原子爆弾は全日本に一大衝撃を与えたり。
(8/11の日記)


 こっから感じるのは、「国民をまんまとコントロールする、絶大な権力をもった極悪なファシスト政府」というイメージではない。むしろ、もはや一国のガバナンスが崩壊していて、政府がすでに国民を指導する組織の体をなしていないという感じですな。
 で、風太郎の日記でもこのあと詳細に記録されているように、ガバナンス抜群の米軍が進駐してきたら、日本国民は一斉に「マッカーサーバンザイ!」モードにあっさり切り替わってしまったというわけ。*3


 ちなみにこのあとまた、13日・14日には、風太郎たち若い学生が夜通し議論していて、とくに14日の日記は文庫本で20ページにもわたる分量で、みんな「不撓不屈の精神で戦い抜くぞ!」と熱く盛り上がってるシーンが出てくるのですが、果たして政府は風太郎の想像した通り、ポツダム宣言を受諾。
 風太郎の15日の日記は、

十五日(水) 炎天


帝国ツイニ敵ニ屈ス。


 の一文だけで終わっている。


新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)

新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)

*1:医学生であることと、体が弱かったこともあって、風太郎は徴兵されてない

*2:林房雄の本に引用されてた。

*3:ちなみに風太郎は戦後の日記で、アメリカには正直かなわんということを認めていて、とくに、物量うんぬんというよりも、進駐してきた米兵たちの綱紀がしっかりしていて、案外「良い奴」だったことに参ってしまったと告白している。しかし風太郎は、あれほど「鬼畜米英!」と血気を上げていた日本人が負けたとたんに一斉に心情的にもアメリカに靡いたことには、痛く憤っている。恥を知れと。私は風太郎の気持ちがよく分かるけど、大東亜戦争を「無謀な戦争」「ムダ死に」ということで片づけときたい多くの日本人は、風太郎の日記を読んでもまったく共感できないと思う。まあそれはそれとして、ここでは措いておくけど。