The Midnight Seminar

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『考えるヒントで考える』

 

考えるヒントで考える

考えるヒントで考える

 ゴールデンウィークに読み返したけど、とても読み易くて面白い!
 「考えるヒント」とはもちろん小林秀雄の随筆集のタイトルだ。本書は、経済産業省の官僚であり、経済思想やナショナリズムに関する著作を次々に発表する学者でもある著者が、「考えるヒント」にヒントを得て、「学問」「知性」「時代」「政治」「職業」について考えてみるというエッセイ。もっと大まかに言うと、前半は主に学問論、後半は主に政治論となっていて、小林秀雄の“芸術・文芸批評家”とは違う側面に強く光が当てられているので興味深い。
 学問と政治に関する著者の見解は一貫していて、「日常生活の実践」に根差し、「自分の頭で」考えたものでなければ、学問の研究も政治の実践も無意味だということ。その見解を補強するように、小林秀雄の鋭利な警句が随所で引用されている。


 本書の最初の章では、著者が英国に留学していた時のエピソードがたくさん紹介されているが、これはめちゃくちゃ面白い!「近代西洋における優れた社会科学の方法が、小林秀雄が感銘を受けた仁斎や徂徠たちの学問と、おなじ地平に立っていた」(P.21)というのが著者の発見で、その地平とは「補助概念でわかったような気になるなということ」(P.27)であり、「自分の経験や常識に照らして納得したものだけを受け入れるということ」(P.29)であり、「読みの深さで勝負する議論を重んじ」「知識の量や流行を追う早さをまったく評価しない」(P.37)ことだという。
 また、日本の学者は他人の研究発表に対して「なぜだれそれを使わなかったのか」「だれそれについては言及していなかったが、彼をどう思うか」といった不毛な議論ばかり浴びせかけるので研究が深まらないという皮肉(P.38)や、イギリスの大学院で、学生の自己主張には寛容で温厚な教授が、「○○な意見も△△な意見も両方あって良いと思う」的な発言をした学生に対して、「君の態度は、学問を冒涜するものだ。そのような相対主義的な態度をとるのであれば、私のクラスから出て行きたまえ」と激怒したエピソード(P.45)などは、日本の知識人が耳を傾けるべきものだろう。


 本書の後半で著者は、「政治は虫が好かない」という小林の言葉を丁寧に解釈し、小林の政治観は文芸の世界への引き籠りでは全くなく、じつは「きわめて深い洞察に基づく大衆社会批判であり、全体主義批判」(P.134)であったと指摘している。制御不能な愚民の群れとしての「大衆」がイデオロギーを振りかざして少数者を弾圧する「全体主義」、それが小林のみた醜い政治であり(そんなもの「虫が好かない」のは当たり前である……)、2000年代になっても相変わらずその「大衆民主主義」は猛威を振い続けているというのが著者の診断だ。郵政選挙政権選択選挙のドタバタを見れば、まったくその通りとしか言いようがない。


 小林秀雄自体は断片的にしか読んだことがなかったけど……小林ってこんなにも正統で鋭敏な思想家だったのかと改めて感心させられる。と同時に、「社会科学」や「政治」の現状に関する本質的な批判を、文芸批評家のエッセイの中に読み取っていく著者の解釈作業を通じて、「読みを深める」とはこういうことかと納得させられる一冊です。