The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

予測学入門(S字曲線のはなし)


 世の中のたいていの現象は「S字曲線」で予測できるという、たいへん愉快で怪しい本を読みました。セオダー・モーディス『予測学入門』というやつです。
 もう、なんでもS字カーブでいけてしまうんだと。リチャード・フォスターの『イノベーション』という本も読んだけど、こっちのほうがトンデモっぽくておもしろい。


S字カーブというのは読んで字のごとくで、たとえば中嶋経営科学研究所というサイト内の「図1」のグラフのように、製品の普及率や累積購入数をグラフ化すると、きれいなS字カーブになることがあるというやつだ。ちなみにこのグラフを微分して、各時点の成長度(たとえば家電普及で言えば、年間売上数)のグラフを書くと、同サイト内「図2」のピンクの線のような釣鐘型のカーブになる。製品のライフサイクルの話をするときはこの釣鐘型の図が多い気がする。


 本書が扱っているのは、このS字型&釣鐘型カーブです*1。色々事例が紹介されていて、エネルギーの消費やら、伝染病による死亡者数や、芸術家が一生の間に生み出す作品数や、輸送インフラの普及率や、新たに発見される元素の数など、もう何でもかんでも「S字カーブ」で説明というか、予測できてしまうというわけです。


 ほとんどネタみたいなものですが、たまに示唆的な指摘が出てくるのもたしかです。

  • なぜ「ライフサイクル」が存在するかというと、生態系や社会には「ホメオスタシス(恒常性)」を維持しようとする力が備わっており、あるものが急激に増え出してバランスが崩れ始めると、反作用が働くからである。物事は自然な、無理のない水準に落ち着いていくものである。
  • 天気予報や経済予測のように、微視的な変数を積み上げて大枠を理解しようとする試みは、だいたい複雑すぎて失敗する。「かなり賢明なやり方は、現象全体の動きを説明する巨視的な変数に集中することだ」とモーディスは言っているが、会社の仕事とかでも、ミクロにこだわりすぎてマクロ的判断を誤っているケースは多いんだろう。
  • S字カーブの前半期にはゼネラリストが、後半期にはスペシャリストが活躍する。「この新しい成長の時代に最もふさわしい人間はある分野だけの専門家というよりマルチタレントの幅の広いゼネラリストだろう。今世紀が変わる節目の時期には企業家と同じように彼らが新しいニッチを作り出す絶好のチャンスを得るだろう。官僚タイプのテクノクラートは彼らの後の2020年代に活躍するだろう。」(まぁこの時期予測が合っているかどうかは措いといて。)
  • S字型成長が衰退期に入ると、カオスが生じることがある。つまり、飽和に近づいてくると成長の着地点を探して動揺が起こり、グラフがランダムに上下する時期が生まれることがある(たとえば日本の新車登録台数)。これは導入期にも起きることがある。S字型成長が終わる頃にグラフが激しく上下し始め、そのカオスを起点としてまた新たなS字型成長が始まる場合もある(たとえば石炭の消費)。
  • 何十万年も、人間の寿命はだいたい20〜25歳ぐらいだったが、これは有名な「哺乳類が一生のうちに打つ鼓動の回数は約10億回で一定している」というバラオラスの説に沿ったものだった。つまり今は人間だけが長生きしすぎなわけ。
  • 近代社会では、幼児死亡率が劇的に低下し、妊娠中絶をバンバン行っているが、これは個体の選別・淘汰が行われなくなっていることを意味し、人類は衰退に向かっていく(これは思想としては過激すぎるが。)
  • 芸術家の創作活動も、S字カーブに沿って行われる。若くして不自然な死を遂げたと思われる芸術家でも、その累計作品数のグラフを描いてみたとき限界点に収束していた場合は、じつは自然な死であったということができる(たとえばヘミングウェイやモーツァルト*2
  • ジフテリアやエイズの死亡者数のグラフを見ていると、伝染病の特効薬が発明される頃にはじつはその伝染病自体が衰退期に入っているというケースであることが分かる。エイズ特効薬はまだ開発されていないが、累計死亡者数のグラフはきれいなS字カーブを描いており、すでに限界点に収束しつつある。「魔法の薬が発見されなければ差し迫って破滅に到ると予言する人たちは、異なった死亡原因のなかで、全体の死亡率を分割する自然の競争のメカニズム、つまり社会で適性ある存続に沿って常に安全弁が働くことを考慮に入れていないと言わざるを得ない。」
  • 科学元素が発見される時期は4回ぐらいピークがあったが、いずれもそれぞれS字カーブを描いていた。つまりS字型成長を一つのまとまりとして、それが4回にわたって出現したわけである。
  • イノベーションは56年周期で起きるという説を唱える学者が複数いる。羅針盤の発明→火薬の発明→印刷機の発明→アメリカ大陸の発見が56年周期らしい。また、運河、鉄道、自動車、航空機の普及率のグラフはそれぞれきれいなS字カーブになるが、1800年ごろからちょうど55〜56年間隔でグラフが並んでいる。
  • 世界中の都市居住者が一日に移動に費やす時間は、自動車であれバスであれ電車であれ、だいたい70分ぐらいである。そして移動に費やす費用も、所得の11〜13%で一定している。交通の「距離」には個人差があり、豊かな人ほど遠距離通勤である。


予測学入門

予測学入門

*1:専門的には、数学や生物学の分野で、ベルハルスト、ヴォルテラ、ロトカといった学者たちが研究を重ねているのが有名らしい。

*2:ためしに、私がエクセルで三島由紀夫の作品数をグラフ化してみたら、全く当てはまらなかったが(笑)