The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

 B・オバマの『アメリカの約束』とM・ムーアの『華氏911』


 8月29日に行われた米民主党・オバマ氏の大統領候補指名受諾演説は「アメリカの約束」と題され、終盤の安全保障に触れたくだりで、「軍の司令官として、私が国を守るのをためらうことなどあり得ない。しかし私は、明確な使命と、必要な武器や帰国後に受けとるべき手当てを提供するという崇高な責任なしには、決して我々の兵士を危険な戦地に送り出したりはしない」と言っている。
 ※全文:日本語英語(下のほう)


 ところで、前回の大統領選の直前に公開されたマイケル・ムーアの『華氏911』は、事情があって映画館に4回も観に行ったんですが(笑)、すごく感心したセリフがあって今でも覚えている。私の頭の中では、上記のオバマの演説の内容とこじつけることが可能なので、以下に貼り付けておきます。(DVDは結局買っていないので、↓セリフはネットで検索した。)


 これは米軍のリクルート活動を批判的にレポートしたあとに出てくる、マイケル・ムーアのコメントだ。
 うろ覚えだが、たしかイラク戦争で戦死した若者の実家を訪ねてみると、そこは極貧の町だった。要するに米軍の兵士というのは、将来に希望の持ちようのない貧乏人たち(黒人が多い)が、仕方なしに志願しているのだと。低所得層の若者でも軍隊に入れば安定した月給が手に入るし、大学に行くための奨学金まで用意してもらえる。で、最近は兵役に志願する若者が少なくて米軍は困っているので、そういうおカネを釣りのエサみたいにして、貧困層の若者を狙ってリクルートに励んでるという場面が映画に出てくるわけである。それを受けて……

 【日本語字幕】(↓どこかのブログからコピぺ)
 僕は、いつも感心する。
 極貧の町に住み、最悪の学校へ行き、底辺で生きる人々。
 彼らは、その上の社会を守るために進み出る。
 僕らの代わりに率先して、命を差し出し、僕らの自由を守る。
 それは、とてつもない贈り物だ。
 見返りはただ一つ。
 彼らが戦地へ送られるのは絶対必要な時だけ、という信頼だ。

 その信頼を裏切ってないか?


 【原文】(↓スクリプトが出版されてたはず。これはネットで拾ってきたけど。)
 I've always been amazed that the very people forced to live in the worst parts of town, go to the worst schools, and who have it the hardest are always the first to step up, to defend us. They serve so that we don't have to. They offer to give up their lives so that we can be free. It is remarkably their gift to us. And all they ask for in return is that we never send them into harm's way unless it is absolutely necessary. Will they ever trust us again?


 ※ちなみにこの最後の「Will they ever trust us again?」は、戦場からマイケル・ムーアに送られてきた兵士たちの手紙を出版した際にタイトルになってた。


 イラク戦争を起こした動因として「石油・軍需産業の利権」を強調しすぎている点など、この映画の趣旨には賛成できないところもありますが、これはけっこう名ゼリフだと思った。


 「彼らが戦地へ送られるのは絶対必要な時だけ、という信頼だ」というところが重要なわけです。ムーアは、単に兵士が死ぬリスクを最小化すべきだと言っているわけではない。兵士が“命の危険”と引き換えに得られるものは、給料や身分保障など色々あり得るが、“命そのもの”と引き換えに得られるものは、「国家を守るために死んだ」という“名誉”以外にはあり得ない*1。そして、「国家にとって是が非でも必要なとき以外は、絶対に彼らを派兵しない」という信頼・約束がなければ、戦争で死ぬことが名誉でも何でもなくなってしまう──不必要な戦争に平気で若者を送り出すような国家・国民のために命を投げ出すことには、何の意味もない──ということである。


 彼はここでは単なる反戦平和のヒューマニズムを唱えているわけでもない。それは、「僕らの代わりに率先して、命を差し出し、僕らの自由を守る。それは、とてつもない贈り物だ」という言い方にも表れている。自衛官を悪人扱いする日本の反戦平和主義者とは大違いだ。あくまで彼が批判したいのは、イラク戦争が「不義の戦争」=「必要でない戦争」であったことなわけである*2


 オバマが勝とうがマケインが勝とうが知ったことではないし、べつにオバマを称える必要もないのですが、オバマが「アメリカの約束」のひとつとして「明確な使命がなければ、決して兵士を戦地に送り出さない」と言っているのは、一種の良識であり当たり前のことで、その約束が完全に破られたのがブッシュのイラク戦争であったということは確認しておくべきですね。

 

*1:まぁ一応、家族に何らかの金銭的な補償はあるかも知れないが。

*2:もちろん、「必要な戦争とは何か」をめぐっていろいろ意見があり得るわけですが、イラク戦争はおそらく歴史上類例が見出せないぐらいに、不必要であることが明白な戦争であった。