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The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。このブログの裏で始めた統計&プログラミングのブログのほうがアクセスが伸びてしまい、こっちが裏みたいになってます。

三浦展『格差が遺伝する』

格差が遺伝する! ~子どもの下流化を防ぐには~ (宝島社新書)

格差が遺伝する! ~子どもの下流化を防ぐには~ (宝島社新書)


 著者・三浦展は2年前に『下流社会』という大ベストセラーを書いて有名になったアナリストだ。

 タイトルの『格差が遺伝する!』とは、ズバリ「下流の子は下流」という意味だ*1。貧乏な家、パッとしない親のもとに生まれても、子どもに能力さえあれば良い大学を出て良い会社に就職でき、下流から中・上流へと階層移動できる……という時代はすでに終わったのであり、格差が固定化し、階層が再生産される社会になって来ましたよ、ということである。近年では、データを見る限り、親の学歴や文化的レベル――ひと通りの教養があって、食生活などもキチンとしているというようなこと――が高くなければ、その子どもは良い大学や良い企業に入れなくなってきているのだ。


 独自の調査データによって三浦が示そうとしているのは、家庭のライフスタイルの質(文化的レベル)や親の収入の高さと、子供の成績のあいだには、無視できない相関関係があるということだ。例を挙げると、「親子の会話が多い」(p.110)、「お父さんが土日に休める」(p.114)、「必ず朝食をとる」(p.56)、「お父さんがよく本を読む」(p.101)、「よく家族旅行をする」(p.123)ような家庭の子供ほど、学校の成績が良いのである。また他にも、「下流」の若者ほど「白ご飯」を食べない(p.58)とか、成績が悪い子は運動も苦手で友達が少ない傾向にある(pp.81-85)とか、成績が悪い子ほど肥満の割合が多い(p.65,82)といったデータもある。ちなみに肥満が多くなるのは、恐らく、下流家庭の親は子供に健康的な食事をさせる(時間的、金銭的な)余裕などなく、低価格で高カロリーなジャンクフードに頼りがちになるからである。そしてそういう家庭の子は成績も悪いのだ。要するに、家庭の文化レベルの格差が、成績――ひいては学歴、収入――の格差に直結しているわけである。


 ただし、三浦が紹介するこれらのデータはあくまで「相関」であって「因果」関係ではない。つまり、親子の会話が多い家庭の子供ほど成績がいいのが“何故なのか”はハッキリとは分からないわけで、当たり前だが、毎日朝食をとり、旅行に出かけ、ダイエットしたからといって、成績が良くなるとは限らない。だから三浦も、「因果」については差し当たり思いつく仮説を述べるに留めている。


 しかしそうは言っても、親の「収入の格差」や「文化の格差」が子供の将来を決めるようになってくるというのは、ありそうなことだ。「ゆとり教育」のおかげで学力向上は親の責任――子供を塾に通わせるとか、私立中学に入れるとか――になってしまったし、優秀な私立の中高一貫校に入れようと思ったらそこそこの高収入が必要で、しかも入試で「両親との旅行の思い出」を作文に書かせたりするから文化的な意識の高い家庭に生まれないと合格し難いだろうし、工業製品を「作れば売れる」ような時代ではなくなって、企業も、消費者をうまく刺激するアイディアやセンスを養っていない人間は求めていないからである。


 三浦の示すデータやそれについての解釈は、『下流社会』のときもそうだったが、大雑把すぎたり誇張があったりして、けっこういい加減ではある。それに、文体というか全体の書きっぷりも軽薄な感じがして、あまり真面目に読んでも仕方がない本なのかもしれない。
 しかしそれでも、いくつかの相関データを重ね合わせていって、現代的な「格差社会」のイメージ、つまり「上流家庭」の像と「下流家庭」の像をスピーディーに描いてみせるのは面白いし、一般向けの新書としてはこれでいいのだろう。似たような事実を、10年以上前から「専門家」たちが明らかにしてきているのだし。
 そして、とにかく大雑把な判断として今の社会では「下流の子は下流」であり、カネのある親たちだけが我が子を「下流」に陥らせないために競って教育投資をしているが、これは理不尽ではないか!と言いたくなる気持ちはよく分かる。


 「私の親もずっと共働きで、私と兄を育てた。私は、地方の小都市郊外で育ったが、当時は塾などひとつもなく、ただ学校で勉強して、放課後は外で遊び、家に帰って宿題をして、あとはテレビを見て過ごした。それでも何も問題なかった。そういうのどかな時代がいつから消えたのか。『三丁目の夕日』とか『フラガール』とか、昭和30年代ごろを懐かしむ映画がヒットしているのは、みんな本当は今の時代が好きではないからだろう」(pp.220-221)と三浦はいうが、まったく同感だ。私など、宿題をした覚えすらない。
 こういう素朴な感覚を、失わずに確認しておくことのほうが、学問的に厳密な議論をすることや、自民党や民主党マニフェストを読んで「天下り規制がどうした」とか「年金問題への与党の対応はいかがなものか」とか喋喋することより以前に、大事なことだろうと私は思う。

*1:生物学的な意味ではないが