The Midnight Seminar

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『ロストジェネレーション――さまよう2000万人』(朝日新聞「ロストジェネレーション」取材班、朝日新聞社、2006年7月)


 私も含めて、ごく普通に大学を卒業して正社員として就職した人間には想像し難いことなのだが、「バイト」や「派遣」などの非正規雇用者のなかに、ほとんどチャップリンの『モダン・タイムス』を思わせるような過酷な労働条件で生活苦を強いられている人が、確実に増えてきているらしい。「『格差』が広がってると言っても、ニートやフリーターなんて単にやる気がないだけだろ」と思う人は、本書や、NHKスペシャルを書籍化した『ワーキングプア』を読んでみるといい。4時間の睡眠で休みなく働いても「生活保護」水準以下の収入しか得られないような人たちが、実際にゴロゴロいるらしいのである。

 「格差社会問題」にはいくつかの大きなテーマが含まれており、そのひとつが、「若年層」に貧しい人々が増えてきているという問題である。基本的に本書は「現代日本の貧困」の現状を伝えるルポルタージュなのだが、「就職氷河期」に学卒期を迎えた25歳から35歳までの人々に注目して、「ひとつの世代論として提示」(p.2)しようとしているところにポイントがある。


 ではその、25歳から35歳の「ロストジェネレーション」とはどういう世代なのか。
 まず80年代――日本の豊かさが絶頂を迎えた時期――に子ども時代を過ごしたことと、団塊世代から「自分らしく生きよ」という価値観を注入されたことによって、組織に頼らず反権威主義的で、「自己実現」を目指して「自分探し」をするという生き方を(実際に選択するかどうかはともかくとして)格好良いと考える傾向がある。そういう気分で生きているところへ、バブル崩壊によって雇用が減少し、経済界の要望によって「労働派遣業」に関する規制が緩和され、経済のグローバル化によって人件費の削減圧力がかかったものだから、大量のフリーターや派遣労働者が生まれたのである。と同時に、IT革命の波に乗って起業で成功した人が多いのもこの世代である。
 ちなみに、「戦後40年以上、人材派遣は禁止されてきたが、1986年に『労働者派遣事業法』が施行され、部分的に解禁された。当初は専門性の高い分野に限られていたが、99年に原則自由化され、2004年には製造業への派遣も解禁された」(p.49)。


 こうして生まれたフリーターたちは、受け取る給料は安くても、実家で親の収入に助けられて暮らしているケースも少なくないため、当面は「まぁやって行けそうだな」と思える程度の経済力はある。ところが、親が急に病気になるとか失業するとかして「自活」の必要が出てくると、(とくに地方に住んでいる場合は)たちまち危機に陥ってしまうのだ。
 問題は、「非正規雇用に一度足を踏み込んでしまうと、そこから抜け出す道は狭く、険しい。かといって、このまま年齢を重ねていけば、正規雇用との格差はますます拡大し、固定化していくだけだ」(p.149)ということである。『若者はなぜ3年で辞めるのか?』の著者・城繁幸は、「転職市場があるのは35歳までであり、それまでにどんな会社でもいいから正社員や契約社員として働いて、入り口にたどり着いておかなければ、ずっと抜け出せなくなる」(p.163)と言う。日本の企業風土においては、「新卒」と「既卒」の扱いには大きな差があるし、アルバイトの経験で高度な専門技術が身につくことは稀なので、いわゆる「キャリア採用」の枠に入ることもできないからだ。


 人材派遣会社に登録して、携帯電話やメールを通じて会社から指示された現場に向かい、日雇い給料で働く人たちを「ワンコールワーカー」と言うらしい。「オンコールワーカー」をもじったのだろう(※ Wikipediaなどを参照)。本書には、取材班の1人が実際の職業を伏せて人材派遣会社に登録し、「ワンコールワーカー」を1週間体験するというレポートが載っている。字数制限があるので具体的に引用するのは控えておくが、この体験記の賃金、労働時間、業務内容を読んでいると、これはほとんど「産業革命」や「世界恐慌」のときの労働者のイメージだ。


 「ロストジェネレーション」のなかには、様々な「挑戦」を試みて成功している人たちもいる。本書の第4章以降では、例えばITベンチャー企業を立ち上げて億万長者になったり、東南アジアで日本語教師を始めたり、官僚組織の硬直性に耐えられなくなって霞ヶ関を飛び出して起業したり、地方選挙に立候補したりするなど、この世代の「無頼」な価値観とエネルギーがうまい具合に花開いた例が紹介されている。また、高円寺にある「素人の乱」という商店群(http://keita.trio4.nobody.jp/)を運営していて、収入は月に15万にもならないものの、仲間どうし連帯して仲良く暮らしている若者たちも登場する。


 「格差」の拡大や「貧困層」の出現が、どの程度の水準にあるのかについては、まだ十分に調査されていないらしい。差し当たり言えるのは、それらがそろそろ無視できない問題になりつつあるということである。
ではその問題にどう対処すべきなのか。本書は、上述のような「挑戦」するロストジェネレーションに触れたうえで、彼らは「誰か他の人たちとつながることで、時代の桎梏から抜け出す道を模索していた。『個』にとどまる限り、自分たちの目の前に立ちはだかる壁は越えられないだろうことを、彼らは肌で感じていた。……組織に押しつぶされることを拒否し、自分たちで作り上げたコミュニティーを拠点にして声を上げ続ける。/そんな彼らの振る舞いの中から、答えが見つかると信じたい」(pp.222-223)と総括している。
 「連帯」とか「コミュニティ」といった古臭い言葉が鍵になることは確かだろう。フリーターが「ワーキングプア」に転落するのにはパターンがあって、彼らには、想定外の危機が訪れたときに、一時的にでも頼ることのできるコミュニティ(家族、地域、会社組織など)が存在しないという共通点があるのだ。「コミュニティ」論については、ちょっと真剣に勉強してみたいと思います。


ロストジェネレーション―さまよう2000万人

ロストジェネレーション―さまよう2000万人