The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

『マニュファクチュアリング・コンセント』(N.チョムスキー)


 1992年に発表され、22個の映画賞を受賞したドキュメンタリーフィルムだ。DVDなのに、なぜかAmazonにもmixiレビューにも「和書」として登録されているので、カタログ更新の提案を送っといた。


 ノーム・チョムスキーは「生成文法理論」を創始した言語学者だが、ベトナム反戦運動以降、政治活動にも積極的で、著作の半分は政治(学)関係の書物だという。私にとっては言語学者としてのチョムスキー――長く歴史に名を残すに違いない天才だ――のほうが興味深いのだが、政治運動においてもなかなか過激な人で、賛成できない内容も多いものの、その度胸には頭が下がる。


 この映画はチョムスキーへのインタビューや、チョムスキーと他の論者(や一般人)の論争をまとめたもの。マスメディアを牛耳っているアメリカの権力者たちが、いかに悪辣な手口で民衆を欺いているかを、チョムスキーが暴露してやるというような趣旨だ。たとえば、カンボジアポル・ポトによる民衆虐殺は大々的に非難されるのに、アメリカがサポートしていたとされるインドネシア政府による東ティモールへの弾圧は、ほとんとメディアで取りあげられていなかった。
 映画のタイトル「マニュファクチャリング・コンセント(合意の捏造)」は、民主主義の社会で「国民の合意」と呼ばれているものは、民衆の自発的な意思に基づくものではなく、マスメディアを通じて権力者によってコントロールされたものに過ぎないという意味である。だからチョムスキーの目指す政体は、「デモクラシー」ではなく「アナーキズム」だ。


 とにかくおびただしい具体的な事例を集めてくるチョムスキーの調査能力は恐ろしいもので、理論的な枠組みなどとは関係なく、事実の報告を聞いているだけでも十分面白い。ただやはり、個々の事例についての解釈が、すべて「権力者が民衆を操ろうとしている」という陰謀説めいたストーリーに基づいているから、違和感を覚える箇所もたくさんある。たぶん、恐ろしい悪意と力を持った誰かが善良な民衆の操作を企てていると考えるよりも、政治・経済システムそのものの欠陥として、チョムスキーが大事とする諸価値――自由、平等、人権など――が自ずと損なわれていくような状況が作り出されていると考えたほうが良い場合も多いのではないかと思う。

 以下、メモ。

  • 特典映像として、今年の2月に撮影されたロング・インタビューも収録されている。インターネットは今のところ、碌でもないメディアらしい。
  • 科学者としての言語への関心と、政治活動家としてのアナーキズムへの関心の間には、自分自身でも納得のいく関連性は見つからないらしい。
  • ベトナム戦争のときもイラク戦争のときも、左派からの批判がありはしたが、意見の幅は限られていた。つまり、「作戦の失敗」や「過大な代償」を責め立てるという程度のもので、「もし戦争に勝てるのならば拍手喝采しますよ」ということが前提になっている。良心に基づいて「我々は勝つべきなのか」を問うような批評はなかった。
  • 「スポーツも、権力者が民衆を洗脳するシステムの一環だ。」――言い過ぎのような気がするが。
  • 「陰謀説という言葉が使われるのは、制度分析をさせないためだ。」――チョムスキーの説は「それは陰謀論に過ぎない」とよく非難されているようだ。
  • 「アメリカはほかの国よりも思想の幅が狭い。メディアの構造が、批判を排除する仕組みになっている。」
  • 「彼(チョムスキーをテレビに出演させない司会者)は要点をついている。アメリカのメディアだけが、簡潔さを絶対条件とします」――メディアはすべてを単純化して、民衆を欺いておるのだ、と。
  • ナチの強制収容所は存在しなかったと主張した、ロベール・フォリソンの本の序文として、チョムスキーが彼を擁護する声明を寄せている。そのせいでチョムスキーは「反ユダヤ主義者」として非難されることになるのだが、チョムスキーの弁明によれば、彼は「言論の自由について書いてくれ」と言われてその通りに書いただけであって、フォリソンの主張の内容自体について賛同したわけではない、と。
  • 学者としてのチョムスキーは「文法」論者だが、政治活動家としてのチョムスキーはなかなかの「修辞」家だ。この両面性が興味深い。
  • 「世界をよくしたい人はたくさんいる。私の役割は単に、人々が知的に自衛する道を助けることだけです。(その道とは)学校では教われない、精神の自立を育むということです。だが独りでは極めて難しい。現行の制度は人々を孤立させる。1人でテレビの前にいては、確固とした考えはもてない。独りでは世界と闘えません。そんな人は稀有だ。そのためには組織が必要になる。知的自衛への道は人々の組織作りにあると言えます」
  • 主としてチョムスキーのパーソナリティによるのだとは思うが、それにしてもアメリカ人の討論の様子は、日本人に比べればはるかに立派だと言わざるをえない。
  • チョムスキーフーコーが対談している映像があった。動いて喋っているフーコーは初めてみたが、これは普通の人間ではない(笑)
  • チョムスキーの若い頃の(生成文法理論に関する)プレゼンを、(心理学者の)ピアジェが聴いている映像があった。


チョムスキーとメディア マニュファクチャリング・コンセント[DVD] (<DVD>)

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